2014年英国で若い(20〜24歳)子宮頸がん罹患者が急増。これは心配すべきことだろうか?
2017年に発表されたイングランドのがん統計によると、子宮頸がんの罹患率に関して一つ気になる傾向が観察された。
若い(20〜24歳)の年齢層において浸潤子宮頸がんの罹患率が、2012年には10万人あたり2.7人であったのが、2014年に10万人あたり4.6人と急増したのだ。この若い子宮頸がん患者の急増は一つの懸念を呼び起こした。それは、イングランドにおいて2004年以降、初回の子宮頸がん検診年齢が20歳から25歳に引き上げられたことに関係する(同時期に日本において30歳から20歳に引き下げられたことと対照的だ。いつか議論しよう🐰)。
20代前半の子宮頸がん検診の中止・欠如がこの増加の原因ではないかと懸念されたのだ。
初回の子宮頸がん検診年齢が20歳から25歳に引き上げられたこと自体かなりの決断と言えるだろう。現在日本では性交渉の経験があれば20歳から検診を推奨しているが、イングランドの判断は『20〜24歳は検診は必要ない・しないほうが良い』と判断したのだ。一方、数が少ないとは言え(20代前半の子宮頸がんはそもそも数が多くない)、検診を止めることによって数が増える様であれば、当然それは検診に意味があったことを示すデータとなる。もし本当なら、初回子宮頸がん検診年齢の引き上げは間違いで、再度検診年齢の引き下げを検討する必要が出てくるかもしれない。
ワクチンの影響が出てくるにはまだ早い
英国では、2008年から12/13歳学年(Year8)を対象にHPVワクチンの定期接種が開始された、翌年以降、大学入学前の学年を対象に学校接種が行われた。14〜18歳を対象にキャッチアップ接種が行われたわけだ。最年長のワクチン接種時に17/18歳であった集団が初めての子宮頸がん検診に招待されるのが2016年であるため、それ以前の変化にワクチンの影響があるとは考えられない。つまり、2012〜2015年にみられる変化は、ワクチンとは関係ない変化と解釈できる。
同時に、この様なデータを雑に解釈すると『子宮頸がんワクチンを接種した集団で癌が急増している』なんて簡単に言うことができる。見たことあるかもしれない🐰
子宮頸がん罹患と検診を受けるタイミングの関係
では、その理由はなんだろうか?若年子宮頸がん罹患者が増えてしまったのか?実は、既にヒントは書いてしまっていて…鍵は検診受診のタイミングになる。今回はこの事例を通して、がん統計を読む時の注意点・影響を与える因子・そのまま読んで解釈してはいけないことを学んでみよう🐰
まず、2012年の子宮頸がん罹患年齢と罹患率を詳しく見てみよう。
図1:20-30歳までを半年刻みでプロットした。24.5歳未満は20-24.5歳の平均データ、26-29歳一年のデータになってる。
子宮頸がんは20代後半から罹患する様になり40歳前後にピークがある。25歳くらいから立ち上がったグラフは右肩上がりに増加していき、40代くらいにピークを迎える。その様なグラフを見たことがあるだろう(たとえばこれ)。
イングランドのデータを見てみると、年齢を5年ごとに刻んだグラフではまさに右肩上がりのグラフとなっている(例えばこれ、英国のデータ。ピークが日本より若いのも注目。そのうち説明してもいいかも)。
それを、半年刻みの罹患率で見てみたらまったく異なったものに見える(図1)。25歳時に大きなピークがあり次に小さなピークが28歳にあるのがわかるだろうか。これをイングランドの子宮頸がん検診プログラムにおける、検診への招待年齢と合わせて解釈すると…検診を受ける人が多くなる年齢で子宮頸がんの罹患者が多くなっているのがわかる。この25〜29歳(30歳の誕生日の前日まで)に罹患した・診断されたのが全て、5年ごとの25-29歳のデータとして我々が目にしているグラフでは示される。
子宮頸がんに罹患したとわかるのは、診断された時だ。診断されるには二通りの経路がって①検診を受診した結果、子宮頸がんが発見される②症状など(性交後出血や不正性器出血)で受診しその結果、発見される。ここで重要なのは、真の子宮頸がんに罹患・発症したのは、発見され診断されたときよりもはるかに前であることだ。しかし、診断されるまでは誰も知ることはできないし、統計上にもあらわれることはない。
『初期の子宮頸がんは無症状です』聞いたことがあるだろう。初期の子宮頸がんは検診を受けることによってイングランドでは発見されているということだ。そのため、20代後半の罹患率は検診受診のタイミングでピークをつくり、右肩上がりになっていない。もし、症状から大部分が診断されているのなら、右肩上がりになっていただろう。
2014年に突然24歳以下の子宮頸がんが増えたのは?
同じデータに2014年の数値と2014年の初回検診受診のタイミング(24.5歳)を示した
同じ様に2014年の子宮頸がん罹患(診断)年齢を半年刻みに重ねてプロットしてみると、確かに子宮頸がん罹患ピークが2012年と比較して半年前倒しになっているのがわかるだろう。この2年の間の一番大きな違いは、2012年には25歳の誕生日に一斉に子宮頸がん検診の招待が行われていたのが、2014年には24.5歳の誕生日と半年繰り上げられたことだ。
その結果、初回検診年齢が半年下げられたために、24.5歳から〜25歳までに新たに診断されるようになった子宮頸がんが、20〜24歳の子宮頸がんとして追加で計上された。それが、2014年に観察された子宮頸がん罹患率の上昇の正体だと解釈できる。
その後のグラフを見てもらえばわかる様に25〜29歳の子宮頸がんは2012年と比較して大きく変わっていない。むしろ、2014年には検診をしなくなった25-27歳において子宮頸がんの罹患率が減少しているのがわかるだろう。
この様な罹患率の変化は、ワクチンの影響でも、20代前半の検診をやめたことでも、極端に若年子宮頸がんが増加したわけでもないわけだ。
別の角度から同じ統計データを見てみると
次に、同じ検診データを『年齢ごとの年次変化』として示してみると…
Preventive Medicine 107 (2018) 21–28より
24.5歳で検診を行う様になった歳から、24.5-25.0歳で子宮頸がんと診断される人が増加し、それに応じて25.0-25.5歳で診断される人が減少している。ざっくり子宮頸がん罹患者・診断数は変化がなく、そのタイミングがずれただけであることがよくわかる。
またこの様な年次推移データを別の年齢(27-29歳)においてみてみると、興味深い傾向が観察される。
2009年にこの年代の子宮頸がん罹患数・診断数が突出しているのがわかるだろう。もちろん、この歳・この年代で子宮頸がんの罹患者・発症者が増えたわけではなく、別の社会的要因が関与していることがわかっている。
Cervical cancer incidence rates in Britain show a clear spike in 2009, when more people attended screening and were subsequently diagnosed. Cervical screening attendance in March that year was 70% higher than usual, following TV star Jade Goody’s untimely and tragic diagnosis, highlighting the impact that greater awareness can have.
CRUK (Cancer Research UK)からの説明。2009年3月にTVスターのJade Goodyの子宮頸がんによる死亡がきっかけとなって、子宮頸がん検診の受診者(特にそれ以前に受診していなかった人たち)が急増したことを受けての子宮頸がん罹患者の一時的な増加を記録した。これも、診断のタイミングがずれただけであるのは明らかで、翌2010年以降の子宮頸がん罹患率がかえって減少しているのが観察されている。
(ここでも、2回目のタイミングで子宮頸がん検診を受ける28歳での罹患率・診断率の増加が見てとれる。実は子宮頸がんが発症しているのに、1・2年早く診断される・されたことが、良いことなのか・生命予後を改善するのに意味があるのかは別の議論がいる。そのうちしよう。必ずしも常に良い・公衆衛生上目指すべきことではないとだけ指摘しておく🐰)
これらのことから何が学べるか
『2014年以降英国で若い(20〜24歳)子宮頸がん罹患者は急増していない』ことだけではない。
統計に出てくるがん罹患数の変化は真の罹患をベースとした上に、さまざまな因子の影響を受けたものであることだ。まず、真の罹患・発症の変化がある。ざっくり2000年以降世界全体で増加傾向にあることがわかっている。その上で…
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年齢自体。25歳以降がん年齢に突入していく。
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検診を受けるタイミング・受診率・年齢。検診方法や対象の変化。
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検診受診は罹患を押し上げる要因だけとは限らない。受診時は押し上げるが、翌年以降の子宮頸がん罹患率を下げる(高度異形成が見つかって治療を受ければ子宮頸がんが発症しなくなる)。
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そのため、20代において検診受診は子宮頸がん罹患・診断が上昇する傾向があり(早期発見)。30代以降は(定期的に検診を受けている集団で)減少する方向に働く(子宮頸がん予防)。この様に影響が正反対になる。
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ワクチンの影響を考える場合は、その年齢集団がワクチンを受けた年齢(HPVへの既感染率に影響を与える)や接種率によって、期待される子宮頸がん予防効果が相当変わる。
この様な要素が、子宮頸がんの罹患率を修飾する因子だ。素のがん統計をみて『がんが増えた減った』と、その集団が何歳で何%の人がワクチンを受けたかも考慮に入れずに『ワクチンが効いている・いない』と議論しているのをみることもあるだろう。ミスリーディングな解釈がしばしば見られるのには注意が必要だ。
もう一つ強調したいのは、この様な解析・解釈をするためのデータをどの様に用意するかだ。ここでは、年齢ごとのがんの診断数に加えて、検診受診のタイミングや受診率のデータが存在している。端的に検診レジストリが存在し、結果まで紐付けて記録が取られている。そのことによって、検診システム自体の評価ができる・どの程度有効に機能しているかまで評価が可能だ。
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25歳未満の子宮頸がん検診は行わない。負担は大きい(データから定量的に言える)にもかかわらず、集団全体として、子宮頸がん予防にも・生命予後改善にも効いてない。つまり、負担・不利益の方がはるかに大きい。
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25歳まで検診をしない時、24.5歳以降に症状から子宮頸がんと診断される人が存在する。初回の子宮頸がん検診年齢を半年繰り上げよう。そして早期発見しよう(した結果が2014年の罹患率の増加だ。計算通りよ🐰)
この様な評価と判断が可能なわけだ。次はワクチン接種集団の初回検診年齢を30歳にすることと、検診間隔を伸ばせるかどうかの判断が、検診レジストリを用いたデータの評価によって行われることになるだろう。ワクチンと合わせて、女性の負担を大きく軽減することになる判断になるわけだが。
ワクチンのことはさておいても、日本にこの様な判断をするデータはあるか(国ごとに事情が異なる可能性が推定されるよね)?というのが問題になるだろう。
どうです。統計データを解釈するのも簡単じゃない🐰
今回はこの論文を参考にした。
サムネはビッグ・ベン
"Photo by DAVID ILIFF. License: CC BY-SA 3.0"
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