不特定多数と性交渉をすると子宮頸がんになるの?①
まず『売春婦』という言葉は歴史的用語として用いる。既に偏見が入っているのだけど、その(科学ではなく)偏見自体が、HPV感染症・子宮頸がん・HPV関連がんに関する偏見の元にあるという話🐰 他の適切な用語 ーあるのであればー 置き換えるのもいいだろう。
ヒトは性に関する話になると、簡単に偏見を持つ。生得的とも言える。
ここでは、『子宮頸がんは修道女にはまれで、売春婦に多い』という『不特定多数と性交渉をすると子宮頸がんになりやすい』主張の中で一番極端なもの・その起源から始めて、科学的なデータが示すところと比較して、この誤解がなぜ誤解と言えるのか、そしてなぜこのように蔓延しているのか考えてみる🐰
専門家も科学者たちも、他の多くの人がそうであるように、この偏見から自由ではなく大きな間違いを犯してきたのですよ。
正しく知らないことで偏見や誤解を持つこと自体は仕方がない。正しく知ることによってのみ、ヒトは誤解や偏見から自由になれる。
§ 子宮頸がんの原因は何か。HPV以前の話 §
子宮頸がんの発症が、HPVの感染が原因になっているかもしれないと、直接のエビデンスが始めて提出されたのが1983年のことになる(のちにこの論文に対してノーベル賞が与えられることになった)。
1983年に『HPV感染が子宮頸がんの原因』と証明された訳ではなく、20年近くの多くの専門家のさまざまな研究の結果『A〜Zというエビデンスを総合するとその範囲で』HPV感染が子宮頸がんの原因と根拠をもって言えるようになった。
同様に1983年に突然『HPVの感染が原因になっているかもしれないと、直接のエビデンスが始めて提出された』のではなく、それ以前にも子宮頸がんの原因に関する研究・議論が無数にあり、その結果として1983年に始めてHPVの感染が原因になっているかもしれない『初めての証拠の尻尾』を捕まえたと発表されたのだ。
『子宮頸がんは何らかの性交渉に関する要素・感染症が因子になっている』ことは、それ以前より言われていた。実際正しかったのだが、そのプロセス(や内容でさえ)は、間違いや偏見・ミスリーディングなものが含まれている。実に人間らしい(偏見を持ちやすいという皮肉と反省🐰)のだが、現在の視点からみてみると、偏見や誤解の大きな原因になっているとは言えても、科学的な発展に大きく寄与したとはとても言い難い。
ここからの話は、”J Clin Epidemiol Vol. 41, No. 6, pp. 577-582, 1988” 『CERVICAL CANCER IN NUNS AND PROSTITUTES: A PLEA FOR SCIENTIFIC CONTINENCE』という短いレビューを参考に話す。1988年というHPV関連がんとしての子宮頸がんが確立していく段階で『子宮頸がんが性病であるという考えは誤解であり科学的な根拠もない。我々の偏見が作り出したものだ、それが科学的な議論にも影響を与えている』という主張だ。
実際、子宮頸がんやHPV感染症は『性病』(これも偏見に満ちた用語で、歴史的なものとして扱う)ではなく主張は正しい。一方、『性行為によって感染するウイルスが子宮頸がん発症の必要条件であること』がのちに証明されてしまったこと・『子宮頸がんHPV感染説』にも同様に批判している(批判自体は正しいがのちにより上の次元で修正される)ため、論文自体はあまり取り上げられることはない。
しかし、この『子宮頸がんが性病であるという考えは誤解であり科学的な根拠もない。我々の偏見が作り出したもの』で『科学・医学的議論や広く一般的な偏見や誤解』となっていることは、歴史的にも今日みても正しく・大きな問題となっている。この指摘は広く共有されてもいいだろう。
行ってみよう🐰
§ 導入からしてブチギレ (科学的な評価ではない🐰) §
『子宮頸がんについて、ある医学週刊誌で読者の質問に専門家は「子宮頸がんは修道女にはまれで売春婦に多いことが、よく知られている」と述べた。やや、秘密めいて「性交渉と子宮頸がんの関係は1842年に初めて示唆されていた」と加えた。おそらく、証明されたと信じられていることを裏付けるためであろう。どちらも間違いなのだが、おそらく証明されるべきことをサポートするから、正しいと広く信じられていた』と指摘する。
科学的な事実ではなく『正しいはずである主張が先にあって(偏見という)それをサポートすると信じられていたから取り上げられた言説である』という批判だ。子宮頸がんは性病であること・性的に不適切な行動が原因であることが、エビデンスによって支持された主張として出てきたのではなく、子宮頸がんは性病であること・性的に不適切な行動が原因であるという主張(偏見)が先にあったという指摘になる。
早く、1962年のJAMA(The Journal of the American Medical Association、良い医学誌よ)には『婚姻が子宮頸がん発症の原因であるという推測は1842年まで遡る。Rigoni-Sternはカソリック修道女に子宮頸がんが少ないことは、彼女らが婚姻しないことによるのではないかと推測した。』と記載し、以後の論文の著者たちは、この記述をお互いに引用(コピー)し、さまざまな話を付け加えることで、修道女の物語を作り上げていった。しかし『何人のひとがその論文の主張を実際読んだのか?』とPetr Skarabanekは問いかける。
§ 修道女には子宮頸がんが少ないのか?§
その1842年のRigoni-Stern(外科医でアマチュア疫学者と記載される)による報告では1760〜1839年の150,000の死亡証明書を元に、74,000人の女性の死亡(そのうち1288人が修道女であった)の死亡原因の記載を調査した。Rigoni-Sternの基本的な発見・主張は『修道女は一般人に比べて5倍がんで死亡しやすい』というもので、その原因を乳がん罹患率の高さであることを指摘している。
Rigoni-Sternは『子宮頸がんが修道女に少ないことを指摘していない』。一つには子宮頸がんを他のがん(子宮体癌)と区別して記載していないこと自体による。実際、論文では4例の子宮がんによる死亡が修道女において記録され、その一般人における頻度6人(全72,896例中361例の子宮頸がんによる死亡から推定)と比較して多いとも少ないとも指摘されていない。
この現代と比べると、非常に低い『がんによる死亡』は、当時、他の原因で死亡することが多かった(感染症など)ことや、『がん』を診断されることの困難さ・過小診断によると考察できる。
大元の論文で子宮頸がんに関する記述はこれだけになる🐰 特に修道女において子宮頸がんが少ないことに関して特に論じられていないのがわかるだろう。それが、1962年にJAMAに発表された論文で記載された(不注意と偏見と言わねばならないだろう)言説がきっかけとなって、誤解は広がっていくことになる。
§ その他の修道女に関する研究 §
1950年のGagnonによる報告(PMID:14771140)において、13,000人の20年間にわたる修道院の医療記録を調査した結果『一例も子宮頸がんの記載は発見されなかった』とされるが、同時に3500のケース(詳細は未確認。Pubmedでもアブストすらない。時間が要る)はデータが処分されているか・評価が不能であったと認めている。また、次に行った『病理学研究室の記録を調査した結果』修道女でたった(なぜ”たった”と言えるのかわからないが)3例の子宮頸がんの記録が発見されたことと合わせて『子宮頸がんが修道女において罹患率が低いことと関連して、処女で子宮頸がんが発症するかを確認する必要がある』ことを結論づけた。
特に罹患率の多寡について科学的に意味のあるエビデンスや議論が行われていないのがわかるだろうか?統計的な評価ができるようなものでは全くない。
1955年のTowneによる報告(PMID:14350024)で『Gagnonの報告とは異なって6例の処女における(証明された)子宮頸がんの記録が発見された』と記載される。この論文は、しばしばGagnonの主張を支持するものと誤って引用されているものだが、実際は逆である。
オランダからの研究では(1931〜1935年の記録による)、修道女におけるがんによる死亡の2.5%が子宮頸がんによるものであったに対し、その数値は教師の妻の子宮頸がんによる死亡と同程度であり、農夫の妻の数値よりも高いものであったと記載されている。この報告では、特に修道女において子宮頸がんによる死亡が少ないというものではない。
ドイツのからの報告(1959年)では修道女と一般女性のがん(全部)が死亡原因になることは同程度であったが、外陰・性器のがんの割合も同程度あったことが記載される。全てのがん種が記載されていないのだが、修道女において記載があるもの(7例の内)3例が子宮頸がんであった。
このほかにも、
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英国において一般集団より28例の子宮がん(区別されてない)に対して、修道女において20例の子宮がんによる死亡が報告されたもの
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1941年以降子宮頸がんと体がんが別に報告されるようになって以来、一般集団において10例の子宮頸がんによる死亡に対して、2例の死亡が修道女から報告されたもの
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米国の修道会が調査したものとして、1870〜1889年生まれの集団を調査したところ、一般集団において18例の子宮がんによる死亡に対して、8例の死亡が修道女から報告されたもの
次の例はその調査した条件が興味深いのだが
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41の修道会から5893例の死亡記録を調査したところ、1021例のがんによる死亡記録のうち102例が子宮がんであった。76例が詳細は未記載・15例が体がん・11例が頸がんであった。記載があるものではざっくり体がんと頸がんは半々。
この報告において調査の対象となったのは『白人の生粋の結婚したことのないシスターのみ』が調査の対象にふくまれ『家事や手仕事をしたことがある・看護師である・外国宣教師として奉仕したことがあるシスター』は調査から除外されている。通常は、比較したい項目に影響を与える因子や標準化したい場合に除外項目は設定されるのだが、がん死亡率調査における除外項目としては意味がよくわからない。また、比較対象がなく、そのままでは多いとも少ないとも言えないのがわかるだろう。
§ 言説『修道女の子宮頸がん罹患率は低い』の正体は §
以上が、まことしやかに語られる『修道女の子宮頸がん罹患率は低い』と主張されるとき、それに関連して支持する・しない論文・エビデンス・言説を構成するものになる。特に『修道女の子宮頸がん罹患率は低い』ことを支持するエビデンスがないことが分かるだろうか? 肯定・否定するにせよエビデンスレベルの高い信頼できる、科学的根拠があるものすらないことも分かるだろう。
西洋一般の倫理観として修道女の道徳レベルは高いものと認識・期待されてきたし、実際、認識・期待が修道女の位置づけや権威の源泉となっている。性的道徳の高さは長く(今ですら)広く根付いた価値観の一翼を占める。(科学的手法に基づく評価ではなく)性道徳の価値観によると『性病は道徳性の評価の指標』だとの考えがあることは、良い・悪い・あるべき・ないべきの議論は別として、同意できるであろう。
至高の性道徳を持つものの象徴としての『修道女』は『子宮頸がんが性病であるのなら罹患してはいけないもの』なのだ。それが、このアイディアの源泉である。そして、至高から一段か二段降りてきたところに『不特定多数と性交渉を持たない』・『性に奔放でない』性道徳(??定義すら曖昧すぎる)を持つもの達がいる。もちろん『子宮頸がんが性病であるのなら罹患率は低くなるべきもの』になるのが分かるだろう。
科学による裏付けがあるのではない、先に偏見や誤解があるのですよ🐰 そして、そのような偏見や誤解に簡単に汚染されてしまうのが我々というわけです。
正しく知らないことで偏見や誤解を持つこと自体は仕方がない。正しく知ることによってのみ、ヒトは誤解や偏見から自由になれる。
§ 次回 §
少々長くなったので、次回以降…
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売春婦に子宮頸がんが多いというのはどのような根拠によるのか。修道女と対をなすアイディア(偏見)であるのを説明する
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実際の性行動と子宮頸がんリスクの関係・誤解と偏見との関係
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その他の性道徳に関係する偏見と誤解に関して(割礼との関係・宗教との関係・コンドームとの関係)
これらのトピックをあつかう。HPV感染症や子宮頸がん・HPV関連癌に関する誤解や偏見自体が、この疾患・病態の大きな負担の原因の一つになっている。正しく知ろう🐰
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性産業従事者は子宮頸がんになりやすい。特に検診を(密に)受けた方がいい。
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処女・童貞のパートナーなら限り感染リスクがない。
『不特定多数と性交渉を持つと子宮頸がんになりやすい』という言説が間違いであるのと同様に、これらの言説も正しくないと言える。一連のレターをみた後には分かってもらえることを期待しているが🐰
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