HPVとはどの様なウイルスか(1):どうしてこんなに異なる種類のHPVが存在するの?

HPVは異なる重層扁平上皮・付属器を感染宿主とする生活環を進化させた。それがいろいろなHPVが進化した最大の理由。感染細胞とHPV型の組み合わせが病原性の性格を決めている🐰(今日こそ10分でわかるHPVシリーズ)
アマミノクロウサギ(Amamino_Kurousagi) 2023.12.19
誰でも

ウイルスは細胞内寄生体だよ🐰

 ウイルスは絶対的な細胞内寄生体です。その増殖に細胞が持つ機能を絶対的に必要としています。HPVのウイルス粒子は殻を構成するカプシド蛋白質とウイルスゲノムというシンプルな構成をしていて、そのゲノムもたった8個の遺伝子(蛋白質の設計図)を持っているにすぎません。

パピローマウイルスの立体構造モデル。By Vossman - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=11506441、電子顕微鏡写真はPMID: 198572から、粒子径は55nmでいま流行りのナノマシン🐰

パピローマウイルスの立体構造モデル。By Vossman - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=11506441、電子顕微鏡写真はPMID: 198572から、粒子径は55nmでいま流行りのナノマシン🐰

ウイルスはそのホスト(感染宿主)集団中で自己のゲノムコピー数を増やすように振る舞います。

目的論的な解釈は正確ではないのだけど『ウイルスの目的はそのウイルス自身のコピー数を増やすこと』と書いたほうが腑に落ちやすいかもしれません。
🐰

ウイルス遺伝子を転写・翻訳して蛋白質を作り・そのウイルス蛋白質機能の感染細胞のシステムを利用して、ウイルスゲノムの増幅・ウイルス粒子の生産を行うわけです。ウイルス自体は情報(遺伝子とその発現制御システム)しか持ちませんので、それ以外に必要な(エネルギーや蛋白質の材料の確保など代謝を含めて)すべてを感染した細胞に依存します。

それが『ウイルスは絶対的な細胞内寄生体』という意味です。

(話はそれますが、このことが病原体と病気の因果関係を証明しようというときに『コッホの原則』に依ろうとしたときウイルスが持つ問題点になります。ウイルスそれ単独では増殖しないために分離(単離)培養ができず・細胞に感染させることでしか増やすことができないということ。感染増殖系のないHPVがさらに困難を極めることは容易に想像できるでしょう)

この辺はそのうち『HPVの存在証明』として話すことします🐰 それはさておき

ヒトの体の中にはいろいろな細胞がある

ヒトは一つの受精卵(細胞)から発生します。最初は一種類の細胞だったのですが、個体発生の過程で色々な種類の細胞に分化して体を構成することになります。

いろいろな種類の細胞があると言っても、同じ細胞(受精卵)に由来するのですから、基本的な遺伝情報は同じです(そこの生物を学ぶ学生さん例外を述べよ)。細胞の種類が違うとは、同じ遺伝情報を持つ細胞がそれぞれ異なる遺伝子セットを異なった量・タイミングで発現しているということです。

🐰さんが実験で同じヒト由来の『角化細胞』と『線維芽細胞』を培養しています。遺伝情報(DNA配列)を調べるとその二つは全く同じですが、使用されている遺伝情報(RNAの種類と量)を調べてみると全く異なります。それぞれの種類の細胞を特徴づける発現遺伝子(マーカーといいます)を調べると、データの方から細胞の種類を当てることができます。

『ヒトの体はいろいろな種類の細胞で構成される』を言い換えてみましょう🐰

『ヒトの体は組織(細胞)ごとに異なる遺伝子が発現する細胞で構成される』となりますか。

HPVが増えること(子孫ウイルス作ること)ができる細胞は?

ウイルスは自己の増殖をその感染する細胞の機能に依存しています。特にHPVは子孫ウイルスの産生を、ウイルス側からはたった8種類のウイルス遺伝子・蛋白質を供給することだけで達成しています。残りは感染した細胞で発現している遺伝子・蛋白質を利用しています。ここで、どの細胞に感染するかで『発現している遺伝子・蛋白質』のは変わりますから『ウイルス遺伝子+蛋白質』と『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』の組み合わせも細胞ごとに異なることはわかるでしょう。そして

『ウイルス遺伝子+蛋白質』と『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』の組み合わせが機能する場合と機能しない場合があり、それが細胞ごとに異なるということです。もちろんウイルスが細胞に侵入できるかどうか(ウイルスとレセプターの関係)で感染できる細胞に制限もかかることもありますが、感染した後にウイルスが機能できるかどうかも大きな要素になります。

HPVはその機能できる範囲が非常に狭いことが特徴でその宿主域が狭いことがわかっています(HPV16は例外的に広いこと広いこと)。上皮以外の細胞に感染する機会もありませんが、感染した時に機能することもありません。

手のひらと手の甲の皮膚の細胞の性質違うでしょ。毛や爪・汗腺・脂腺を構成する細胞も異なりますよね。外陰の皮膚や粘膜、膣粘膜、子宮頸部の細胞も異なりますよね。唇と頬粘膜や舌・咽頭・気道の細胞も異なるでしょう。それぞれの細胞は異なる『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』のセットを持っていて、それぞれのHPV (異なる性質をもつ遺伝子を持つ)が感染できるか(機能するか)できないかが決まっています。

これが、それぞれのHPVが型ごとに異なる性質『感染標的組織・細胞』と『異なる病原性』を持つことになった基本的な理由です。

HPVは重層扁平上皮(皮膚・粘膜)に特化したウイルスであり、もう一歩すすめると、それぞれの型は性質の異なる重層扁平上皮や皮膚粘膜付属器(毛とか汗腺)に特化したウイルスである
🐰

ヒトがさまざまな種類の重層扁平上皮(皮膚や粘膜)・付属器をもつことが、それぞれの細胞・組織に感染することに特化した、さまざまな種類のHPVが進化した理由になります。

感染した細胞の種類(発現する遺伝子)とHPVの型で病原性が変わる

『ウイルス遺伝子+蛋白質』と『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』の組み合わせで感染したときに起こることが異なる、究極的には感染が成立する(感染ができるか)かしないかまで決定します。同時に、同じ型のHPVは感染したとしてもその感染組織によって何が起こるか(病原性)が変わることも理解しやすいでしょう。

その感染した細胞で発現している『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』が異なるからですね🐰

陰茎と子宮頸部、ざっくり同じくらい感染しているのにがんになりやすさでは20倍以上異なります。陰茎の細胞と子宮頸部の細胞の性質が異なるため、同じHPVが感染したとしてもその性質・病原性が異なるからです。

同様に、子宮頸部においても異なる細胞がありますし、膣の細胞・外陰の細胞・肛門管の細胞、口腔の細胞・中咽頭の細胞、それぞれ性質『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』の組み合わせが異なるので病原性が変わります。

中咽頭に比べると口腔がんは(感染機会は同程度ありそうですが)HPV関連癌の発症率はことなります。膣と子宮頸部も隣り合わせですが、がん発症率は異なります。

このように、感染機会だけでがんリスクは説明できず、感染した細胞の違いを考慮することで正しく理解できます🐰

同じ細胞でも『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』の組み合わせが変わることがある

『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』の組み合わせが変わると、HPVが感染した時の病原性が変わること、感染部位によって病原性が変わることが理解できました。

次は、感染した細胞とHPVの型が一定でも病原性が変わりうること『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』の組み合わせが変わる例をみてみます。

一つ目はホルモン。ホルモンは細胞に作用してその性質を変化させます。そのまま『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』を変化させます。いい加減しつこいですが『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』の組み合わせが変わると、HPVが感染した時の病原性が変わります。

これが、妊娠時に異形成(がんじゃないよ)の罹患率が上昇する・検査すると見つかることが多くなることを説明できます。『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』の組み合わせが変わることに加え、ウイルス遺伝子の発現もホルモンの影響を受けるからです。出産後、ホルモンの環境が変わればまた性質が変わります。

『妊娠中異形成が指摘され続けたが出産後自然治癒した』出産時に剥がれ落ちたとか説明を見たことがありますが、そんなことはなくて、感染細胞を取り巻く環境が変わったために、表現形としての異形成が消退しただけです。妊娠時にコンジローマや異形成の罹患率が上昇することもこれで説明できます。俗に『感染が活性化する』とかいいますね🐰

議論があり誤解を招きやすいのですが、長期間のピルの服用が感染者の高度異形成以上(CIN2+)の罹患率をやや上げる可能性に関する議論も同じ考え方で説明できます。そして、服用をやめるとリスクがもとに戻ることも。

HPV感染と言っても特に『生理のある期間』の感染ががん発症に大きく寄与すること、発症のピークが閉経前にあることの説明も、ホルモンの変化による感染細胞の性質の変化で解釈できます。子宮頸部移行帯における扁平上皮化生との関連ですね🐰

逆に、中咽頭における感染では、女性ホルモンとがん発症に負の関係があって、それが男性におけるHPV関連癌発症率が女性に比べて高いことに関しての議論へと繋がっています。

どれくらい正しいかわかりませんが(良質の科学が存在しない)、膣内の細菌叢のバランスと高度異形成発症の関係もおなじ文脈です。

余計なことかもしれませんが、排卵期前後のHPV検査が感度がやや高そう(HPVのコピー数が増加している)な知見も同じことかもしれません。

まとめ

今回はHPVがどのようなウイルスか、特に型と感染細胞の種類でその性質がかわること・病原性が変わることに関して、その背景にある理由を簡単に説明しました。『ウイルス遺伝子+蛋白質』と『細胞で発現している遺伝子・蛋白質』の組み合わせによって、感染できる組織と感染した時の病原性が決まることが伝われば幸いです🐰。いろいろな現象や、一般に言われているHPV感染症に関する言説が理解しやすくなりますよね。

わかると何かいいことありますかと言われると、正直わかりませんが、こんなに多くのHPVが進化した理由の半分を説明しました。もう半分はそのうち。

次回の『HPVとはどの様なウイルスか』では、重層扁平上皮を感染組織にしたことで決定されたHPVの生活環・感染(症)の性質に関して説明します。現行のHPVワクチンが既感染になぜ効かないのか、治療ワクチンの開発がなぜ難航しているか・免疫システムに引っかかりにくいのはなぜかの理由は、HPVが重層扁平上皮に感染して生活環をまわす(子孫ウイルスを産生する)ことによる必然的な結果だということができます。

ではまた🐰

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