英国における思春期の男性へのワクチン接種=『平等のための勝利』
風邪で1週間伏せってました。復活🐰
日本でも男子へのHPVワクチン定期接種化への議論が進む中(ファクトシート、ハヨ🐰)、数年前から独自に公費補助を開始する自治体出てきていましたが、来年度から東京都の多くの自治体で『男性のHPVワクチン助成』が開始されることになりました(詳細はウオッチャーさんを参考に、『ふんわりふわり』さんありがとう🐰)。
本来、広く国民の健康のために有益となるような『ワクチン行政』は国の保健機関がグランドデザインを描き主導するようなものです。同時に、日本においてワクチンや検診の実施主体は地方自治体にその多くの権限がありますので、地方自治体の判断で実行することになります。国の流れとしては『ファクトシート提出』→『審議会の評価・提言』→『行政的実装』となるのですが、一足飛びで『実装』がなされたことになります。
科学的見地から見た場合『男性にHPVワクチンを接種しない理由』は存在しませんし『当たり前に利益』があります。行政上の意思とプロセスの問題でしかないわけですから、この東京都の動きは『既成事実』として間接的に『男性へのHPVワクチン定期接種導入』の後押しとなるでしょう。来年度末での女性へのキャッチアップ接種終了は、需給上もハードルが下がりますので男子へ拡大する好機と言えます。さて、どうなりますか🐰
英国では2008年に12/13歳学年の女子にHPVワクチンを定期接種として導入後、2015年ごろから男子への定期接種拡大の議論が始まりました。HPVワクチンの男性への承認がなされる中、オーストラリアでは2013年に世界で最初に男性へ定期接種を開始しました。2014年以降、いわゆる『HPVワクチン先行国』で男子への拡大が進んでいくことになります。その中で、英国の2019年度の導入はややもたついた印象があるのですが、その際になされた議論を見てみましょう。
『一律に男子にHPVワクチンはいらん』
と、一旦は結論されて、その後覆された経緯があります。まあ、やらかしたわけです🐰
2017年には一旦『男子への一律のワクチン接種は行わない』と判断したJCVI (the UK Joint Committee on Vaccination and Immunisation)が提言をアップデートし、それを受けた保健相が2018年の7月に男子への定期接種を2019年度から始めると発表したときには、ちょっとした驚きで迎え入れられました。
🐰さんの長男はHPVワクチン定期接種初年度の対象者です。よかったー、間に合ったわけです🐰
英国で男子への定期接種化に関する導入に何が論点だったのか?
JCVIの議論は、英国のNHS (国民保健サービス)の枠組みでHPVワクチンを男子に接種することが費用対効果上正当化されるか、に尽きます。NHSによって提供されるサービスは無料が基本ですので、その費用対効果は厳しく審査されるわけです。予算を無駄遣いするわけにはいかず、たとえ利益が少々あっても、他に優先順位の高いサービスが存在するのであれば、そちらにお金を費やすべきですから(全てをやることはできないという現実的な制約もあるでな)。
女性に接種しているのだから、男性に接種する必要はない?何だって?🐰
2018年7月まで、JCVIにおける『男児にワクチンを接種しない理由』は
女児の高い接種率(2008年以降約88%)がワクチン未接種の同世代以下の男性に大きな集団予防効果を与えており、男児にワクチンを接種することは費用対効果が低い。
というものでした。端的に『コストに見合う利益はない』とされたわけです。
HPV感染・HPVワクチンが『ジェンダーニュートラル』であるという議論が全く欠落していることがわかるでしょう🐰そして、そのことはいくつかの大きな問題があります。
男性にワクチンを接種しないことによる問題点。コストだけ考えていたらいかんのですよ🐰
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ワクチン接種を受けていない女性との性的接触によってワクチン未接種の男性はHPVに感染してしまう
確かに英国の男性はワクチン接種を受けた英国の女性による集団免疫で感染から守られるでしょう。でも、男性のワクチン接種を受けていない女性との性的接触によってHPVに感染するリスクはあまり変わりません。このようなハイリスクの女性は、ワクチン接種プログラムがないか、限定的なものしかない国の女性であることになります。世界中にそのような国は山のようにありますので、英国の男性は英国の女性に比べて、感染リスクが一方的に高くなってしまっているわけです。
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男性はワクチン接種を受けていない男性との性的接触によってHPVに感染する
男性と性交渉を持つ男性(MSM)は、女子だけのワクチン接種プログラムでは完全に無防備になります。女性にワクチンを接種することによる集団免疫は女性・女性と性交渉を持つ集団において形成・有効であるからです。MSMはHPV感染にさらされるリスクが高くなります。MSMにおける肛門がんの発生率は、検診を受けていない女性集団における子宮頸がんの発生率と同程度と推定されていて、現時点で肛門癌に関する有効な検診は存在しません(肛門性交を行わない集団にも肛門癌のリスクが存在することは強調しておきます。外陰からの自己播種です)。
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だからといって、MSMにHPVワクチンを選択的に限定してに接種することは効果的とはいえない
この時点の英国の公費補助による『男性へのHPVワクチン接種対象』は45歳までの男性と性交渉を持つ男性(MSM)になっていました。費用対効果上正当化されていたわけです。しかし、このアプローチは感染予防にほとんど影響を与えないと指摘されていました。MSMが初めて(ワクチン接種を公費で行っている)クリニックに通う平均年齢は32歳。その時点でHPVはすでに感染していると考えた方が妥当だからです。端的に遅すぎる。
一方、定期接種対象の年齢(最も効果的であるためには、ワクチンは性的「デビュー」の前に接種されねばならず、12/13歳に設定されていました)の男子に将来のMSMに限定してワクチンを接種することは現実的にできません。この年齢の男児にセクシュアリティについて質問することは、非倫理的(sexを『するから』ではなく『していないから』接種するの原則に反しますし)である上、信頼性に欠けます。アセクシャルであることもあるでしょうし、性自認自体揺れ動くもので、12歳次に確定的なことは誰も(本人)も言えません。
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女子だけのプログラムは、健康、特に性の健康の第一義的な責任は女性が負うべきだという間違った信念を永続させるだけだ
良好な性的健康の促進は、男女が等しく共有すべき責任であり権利です。簡単な話ですね。女子だけに接種するのも、女子だけが接種できるのも単純におかしいのですよ🐰これが一番に強調されたことです。
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JCVIにおける議論において、HPV関連中咽頭がんの割合に関する最新のデータが含まれておらず、おそらく将来のリスクに対して過小に見積もられている(費用対効果が小さくなる)
HPV陽性の中咽頭がん症例の割合は、2002年から2004年のデータで31%(欧州)でJCVIでの評価に採用されました。一方、世界的に男性における中咽頭がんの疫学的傾向が増加し続けていることを考慮すると、『現在・将来』のリスクとしては米国で現時点で観察されている上限の数値『60%~70%』を採用して評価する方が理にかなっていると批判されました。今HPVワクチンを男子に接種することは30年後の男性のHPV関連中咽頭がんを予防することになるからですね🐰
まとめ
このような議論をへて、2018年に12/13歳学年の定期接種としてのHPVワクチンの男子への導入決定され、2019年から実行されました。それでも、2019年に定期接種対象であった場合のみ25歳の誕生日までのキャッチアップ接種を認めると、2019年時点で14歳以上の男性は対象になりませんでした。
女児の高い接種率(2008年以降約88%)がワクチン未接種の同世代以下の男性に大きな集団予防効果を与えており、それによって守られている。
とされたわけです。
このように、一年の決断の遅れは一年分、ワクチンを接種できない集団を生み出します。これは、日本においても同様で、ワクチン接種率の回復が一年遅れると、一年分適切なタイミングでワクチンを接種できない対象ができます。男性への定期接種化が一年遅れると、一年後には対象でない集団が出てくるわけです。話がズレた
英国ですでに成功している女子におけるHPVワクチンプログラムに男子を追加するという決定は正しく、大歓迎されるようなものでした(実際そうなった)。結果、HPVに起因する癌の減少を加速させる結果になります。この決定が、費用対効果ではなく平等性だけに基づいたものであったのは特筆に値します。これだけ『女性に対して大成功をしているHPVワクチンプログラム』を男性に対して拡大することは、費用対効果だけをみれば正当化されませんでした。少なくとも相当割高です🐰
この判断は英国のNHSが管轄するワクチン政策としては前例のない考え方(考え方を一年で豹変させたわけです)で、注目に値する先例であると評価されましたとさ🐰
もちろん、男女共に接種率の低い日本とは考えかたがことなることも補足しておきます。
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