オーストラリアのHPVワクチン事情

2007年よりHPVワクチンプログラムが開始されたオーストラリア。集団接種が開始されて16年、何が起こっているのか?
アマミノクロウサギ(Amamino_Kurousagi) 2023.10.29
誰でも

§ オーストラリアのHPVワクチンプログラム §

  まず、オーストラリアのHPVワクチンプログラムに関してまとめてみよう🐰

  • 2007年4価HPVワクチン(ガーダシル)の3回接種プログラムとして開始した

  • 学校での集団接種として12〜18歳に、2007〜2009年の間コミュニティーベースでキャッチアップ接種が26歳以下の女性に提供された

  • 2013年以降男子にも4価HPVワクチンが学校集団接種として始まった(12〜15歳)

  • 2019年移行、9価2回接種プログラムに移行

  • 基本的にワクチン接種対象は12/13歳学年

図にまとめるとこうなる。

  2023年現在、学校集団接種としてHPVワクチンが提供された年齢集団の先頭が34歳。コミュニティーベースのキャッチアップ接種が提供された年齢集団の先頭が、42歳になるところになる。ざっくり40歳以下の全女性が2007/2008年時点で、HPVワクチン接種の機会を与えられたということだ。HPVワクチンプログラムとしては世界的にも最初に導入され、かつ、現時点でも最も手厚いものだったということができるよ🐰

 で、その結果、子宮頸がんの罹患率がワクチン導入前後の年齢集団でどのように変わったのか、みてみることにしよう。

§ ワクチンの効果に影響を与える因子について §

  オーストラリアの、ワクチン接種プログラムがどのように子宮頸がんの罹患率に影響を与えているかを、実際のがん統計をみながら考察する前に、ワクチンの効果に影響を与える因子について検討しよう🐰

① ワクチン接種率。もちろんワクチンは接種しないと効果は発揮されない。集団中のワクチンの効果に一番影響を与える因子は接種率だ。HPVワクチンは集団免疫効果がよく発揮されるワクチンとして知られるが、それでも接種率が高くないと発揮されない。ワクチンが提供されたと記述したのはそれが理由で、接種されたかは別問題だからだ。

 学校集団接種の接種率は女性8割強・男性8割弱となっている。キャッチアップ接種の接種率は5割強であった(PMID:22010515)。いずれも、一回でもワクチン接種を受けたらカウントしている。これは、HPVワクチンが一回接種するだけで『相当に効果がある』と言えるエビデンスが蓄積したことを反映させた。

②  HPVワクチンは感染予防ワクチンである。既に感染しているものに対して排除したり・重症化(HPVワクチンの場合、癌化や高度異形成発症)予防効果はない。

③ がんの原因となるようなHPVに感染する経路の主なものが、性的接触に代表される濃密で繰り返される皮膚や粘膜の接触になる。性的デビュー後、結構あっさりと簡単にHPVに感染してしまうことがわかっている。初交前にワクチンを接種できるかどうかがワクチンの効果に大きな影響を与える。オーストラリアの初交年齢の中央値は男女ともに16歳だ(PMID:1469703)

以上を先の図に加えてみる🐰

§ オーストラリアのがん統計を見てみよう §

オーストラリアのがん統計サイトは最近アップデートされて非常にみやすくなった。

2020年代に入って以降、HPVワクチンの対象でありワクチンを接種したと言える、20代と30代の子宮頸がんの罹患数と罹患率を、がん統計サイトから引用した。グラフを読むときの注意点が2つ…

1:罹患率に集団人口をかけると罹患数になる。罹患数は人口構成の変化の影響を大きく受ける。基本罹患率・折れ線グラフをみて。

2:青が実際の統計値でオレンジは予測値。予測と言っても、検診プログラムの変更や実施率、ワクチンの接種などの因子を考慮にいれた予測では『ない』(AIHWの中の人に確認した)。単純にそれ以前の傾向をそのまま外挿したものになる。つまり、未来の予測というより、過去5〜10年の傾向がどうだったかを示しているものと言える。

ざっくり20代の子宮頸がんは2013年をピークに急速に減少中で、30代の子宮頸がんは2000年以降一貫して増加傾向にあると言える。

20代の子宮頸がん罹患率・罹患数。2013年をピークに急速に減少傾向である。

20代の子宮頸がん罹患率・罹患数。2013年をピークに急速に減少傾向である。

30代の子宮頸がん罹患率・罹患数。2000年以降一貫して増加傾向だ。ワクチンの対象だったのにね。

30代の子宮頸がん罹患率・罹患数。2000年以降一貫して増加傾向だ。ワクチンの対象だったのにね。

§ 20代/30代の子宮頸がん罹患率の傾向の違いの原因は? §

   オーストラリアにおいて、 2019年時点で40歳以下の女性は、全て2010年までにHPVワクチンの接種対象であったと言えるのに、20代と30代で子宮頸がんの罹患率の傾向は全く逆になっている。雑に解釈してしまえば『ワクチン接種にも関わらずがんが増加している』とも言えるし『ワクチン接種によってがんが急速に減少しているとも言える』。誰か言ってたね🐰

一体何が違うのだろうか🐰

  • 2019年の20代はワクチンプログラム導入時(2007年)には17歳以下、10学年分全てがHPVワクチンの学校集団接種の対象で『接種率は8割以上』であり、かつ、大部分が性的デビュー前であった(HPVへの曝露機会が最小限であったと推定される)。

  • 2019年の30代はワクチンプログラム導入時(2007年)には18〜27歳、そのほとんどがコミュニティーベースのキャッチアップ接種対象で『接種率は50%程度』であり、かつ、大部分が既に性的に活動的であった(HPVへの曝露機会がふんだんにあったと推定される)。

§ HPVワクチンの効果はどう評価されるのか §

 これらのデータ・エビデンスを総合的に考慮して、専門家集団の大部分が同意できる解釈としては…

  • HPVへの曝露機会が最少であったとされる集団に対するHPVワクチンの効果は高く、接種集団において子宮頸がんの罹患率は減少している。他国のデータとあわせると接種集団においては、9割の子宮頸がんがワクチンの影響で減少したと評価できる。

  • キャッチアップ接種に関しては、接種率が低いことを考慮しても、30代の子宮頸がん罹患率に対するインパクトはほとんど見られていない。現時点で子宮頸がん予防効果があったとは評価できない。性的デビュー後比較的早い段階でHPVに感染してしまっていると言える。

これらを総合すると『HPVワクチンは接種タイミングがキモ・思春期前に接種が理想的だ』・『接種率が高い方がいい・当たり前だが』ということになります。

 HPVワクチンは感染予防ワクチンであり、ワクチン接種後の新規感染を予防できます。データから、キャッチアップ接種対象者の30代の子宮頸がんは、ワクチン接種前にHPVに感染してしまっていたものが原因と推定されます。一方、ワクチン接種後に新規感染機会があれば、予防効果があると推定され、実際高度異形成の予防効果としては一定評価されます。接種後の新規感染による子宮頸がんはもっと遅く・少なくとも40代以降にピークがあると考えられるので『効果が出てくるとすれば』40代以降に見えるようになるかもしれません🐰

 いずれにせよ、キャッチアップ接種の効果・費用対効果については、そのうち評価がなされるでしょう…が、あまり大きな問題とはされません。

 キャッチアップ接種はワクチン導入時にのみ行われることです。ワクチンプログラムが軌道にのれば、大部分の人は学校集団接種のタイミングで接種することになります。16年かけて30歳以下を『適切なタイミングでワクチンを接種した集団』に置き換えたのがオーストラリアです。去年・今年始めても無理なのですよ🐰

 世界のほとんどのHPVワクチンプログラムが14歳までに接種することを目標にしているのは当然ですね。

§ HPVワクチンの効果 §

  さて、実際に行われたHPVワクチンプログラムとその16年後の結果をリアルワールドのがん統計を見て、どのように解釈できそうでしょうか?公表されているデータと論文から『科学的手法』に従った簡単な解釈はこのようになります。そのうち、より詳細な解析がなされた論文が発表されることになる(英国からのように)でしょうが、一般的にはこれで十分だと考えます。

感想・疑問点・指摘・間違いがあれば指摘ください。勉強になります🐰

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