痛い痛くないという話ではない🐰
YouTubeで子宮頸部異形成のレーザー治療の体験を、かなりユーモアを交えて啓発している動画があった。そこで「子宮頸部には痛覚がない」という説明があり、おそらくその方自身の処置では痛みが比較的小さかったのだろう(自己の体験を交えて検診を勧める趣旨は賛同する🐰)
同時に、これをRPしたところ正反対の経験のマシュマロが届けられた

説明せねばなるまい🐰
パピローマウイルスの生活環や病原性に関して研究する🐰さんにとっては守備範囲外だ。一方、研究を通して治療法や診断法の開発につながる研究をしている関係で、専門家と議論することも多い。子宮頸がん予防に関わる研究をしている以上、検診、精密検査、治療が実際にどのような身体経験として受け止められているのかを無視することはできない(後述する)
子宮頸がん検診・検査・治療は”当然のことながら”それだけで侵襲的な医療介入だ
英国で競争的な研究費を獲得する場合、ファンディングのスキームにもよるけど、研究計画の中に患者・市民参画、いわゆる”Patient and Public Involvement(PPI)” が求められることがある(ないと実質的に獲得の機会が減る)。
たとえば、子宮頸がんの治療法や診断法を開発する研究であれば、子宮頸がん検診や治療を受ける一般の人たちのグループを作り、研究計画に対するフィードバックをもらう。申請前に研究の意義や説明文を見てもらうこともあれば、研究中にも年に数回、進捗を報告し、意見をもらうこともある。もちろん、そのための予算も申請書に組み込む。
🐰さんは、子宮頸がんの新しい検査法、特にブラシによる細胞採取や生検を伴わない、より低侵襲な検査法の開発に関わっている。その研究計画書の中でその方法を「侵襲のない検査」とPPIに対して説明したことがあった。その時に、返ってきたコメントがこれ
「子宮頸がん検診はそれだけで侵襲的です」
🐰その通りだ。医学的・研究上の文脈として「侵襲」という言葉を、皮膚や粘膜を切る、生検する、出血を伴う、といった狭い意味使ってしまった。その意味では、ブラシによる細胞採取や生検を伴わない検査を「非侵襲的」と書いてしまったのは…まあ、書いてしまったのだよ🐰
しかし、受ける側から見れば、話はそれほど単純ではない。
腟鏡を入れる
子宮頸部を見えるようにする
細胞をこすり取る
酢酸を塗る
必要なら組織をつまみ取る
場合によっては、電気メスやレーザーで病変を焼く、あるいは切除する
このどれ一つをとっても、身体に対する立派な立派な介入だ🐰 痛み・不快感・出血・恐怖・羞恥・過去の経験の想起を伴いうる。少なくとも、受ける側にとって「侵襲的ではない」と簡単に言い切れるものではない。
このフィードバックは、とても勉強になった。
この違いは、単なる言葉遣いの問題に見えるかもしれない。しかし、実際にはかなり重要でって、検診や精密検査を勧める側が『これは簡単な検査です』『すぐ終わります』『大したことはありません』『それほど痛くないはず』と言い続け、さらには患者側の体験として『痛くなかった』『大したことがなかった』というものだけ強調されると、実際に痛みや恐怖を経験した人たちは、自分たちの経験が軽く扱われたように感じるからだ。
🐰『実際痛かったのに』
そして次回以降の検査や治療の忌避につながったり、処置の苦痛が増したりするわけ。
子宮頸がん検診と精密検査・治療は痛いのか・痛くないのか
今回の話も、そこにつながっている。
・子宮頸部に痛覚があるのかないのか
・検診は痛いのか、痛くないのか
・麻酔をするべきなのか、しないべきなのか、しなくていいのか
そういう議論に見えるけれど、これは婦人科系の検査や処置における痛みのマネジメントの話
今回は、ACOG(米国産科婦人科学会)が出版した、外来で行われる子宮・子宮頸部処置の疼痛管理に関するコンセンサス文書を引用して解説する🐰
その趣旨は、
・外来で行われる子宮・子宮頸部処置について、患者の痛みが過小評価されてきたこと
・痛み管理の選択肢を患者に説明し、患者が痛みのコントロールについてより主体的に関われるようにする必要があること
になる🐰
もちろん、「全員に麻酔をすべきだ」という単純な話ではない。局所麻酔そのものが、処置以上に痛いこともある。処置時間が長くなることもある。処置の種類によって、麻酔が効きやすい痛みと、効きにくい痛みもある。エビデンスがはっきりしている処置もあれば、まだ十分でない処置もある。
つまり、これは「痛い・痛くない」や「麻酔をする・しない」の二択の話ではなく…
『痛みが起こりうることを前提に、どう説明し、どう予測し、どう選択肢を提示し、どう患者と一緒に決めるか、というマネジメントの問題』である。
痛みや不安への対応が不十分であれば、患者体験は悪くなり、次の検診や精密検査を避ける理由にもなる。子宮頸がん検診の忌避には、羞恥心や忙しさだけでなく、痛みへの恐怖や過去のつらい経験も関わっているからだ。
だからこそ、痛みのマネジメントは、子宮頸がん予防を実際に届くものにするうえで重要ってわけ🐰
外来で行う子宮・子宮頸部処置の痛みの管理
詳しくは読んでもらうのがいいのだが(https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40373312/)🐰以下はこのコンセンサス文書からの引用と解説
まず痛みとはなんなのか
痛みを『実際の、または潜在的な組織損傷に関連する、あるいはそれに類似する、不快な感覚的・情動的経験」と定義され、これはいいだろうが…さらに重要なのは、その次だ🐰
『suffering』つまり苦痛について、「その経験をどう解釈するか」であり、そこには考え、信念、判断、そして痛みに対処する能力が関わると説明している。
同じ痛みでも、
「事前に説明されていた痛み」
「自分で選択肢を知ったうえで受けた痛み」
「途中で止めてよいと分かっている痛み」
と、
「痛くないはずと言われたのに起きた痛み」
「大げさだと思われた痛み」
「我慢するしかなかった痛み」
は、患者に体験自体も残る意味がまったく異なるということ🐰
つまり、痛みのマネジメントとは、痛覚をゼロにすることだけではない。痛みが生じたときに、それが「予測できるもの」「説明されたもの」「対応されるもの」として扱われるかどうかまで含む。ここを間違えると、痛みは単なる一時的な感覚ではなく、医療への不信や次の検診忌避につながる苦痛になりうる(ワクチン接種後の痛み・体調不要にも同じような話があった、閑話休題)
痛みとはこれらを総合したものだ🐰
子宮頸部に痛覚があるのか
コンセンサスでは、『処置の種類と解剖学的部位によって、患者が経験する痛みの種類や程度は変わる』と説明されている。子宮頸部や腟からの『求心性疼痛線維』は下腹神経叢および骨盤内臓神経を通ってS2–S4の脊髄神経節へ向かう。つまり、少なくとも解剖学的に「子宮頸部には痛覚がないから痛いはずがない」という前提ではない。ざっくり言えば、子宮頸部や腟から痛みを伝える神経の経路がある、ということ🐰
ただし、これは「誰でも同じように痛い」という意味ではない。前節で述べたように、痛みは主観的で個人的な経験であり、子宮腔、子宮底部、子宮頸部、腟のどこが、どのように刺激されるかによって、痛みの出方は変わる、という話。
子宮頸部の処置では、痛みはどう扱われているのか
ACOGのコンセンサス文書では、子宮頸部関連の処置として、コルポスコピー、子宮頸部生検、LEEPが取り上げられている。
LEEPは『loop electrosurgical excision procedure』の略で、電気を流した細いループ状のワイヤーを用いて、子宮頸部の前がん病変を切除する処置である。日本でいう円錐切除と完全に同じではないが、対象病態・治療の目的・侵襲の程度という意味では一番近いものになる。
日本で円錐切除というと、多くの場合は入院で行われ、腰椎麻酔あるいは全身麻酔下で実施される。日本においては「子宮頸部を切る治療」は、そもそもそれなりの麻酔管理を伴うものとして理解され、程度としては痛みは『より管理されたもの』(外来で局所麻酔だけで済ませる処置というより、医療システムの中で痛みをより強く管理する処置)になるという位置付けになっている🐰
一方、ACOGのコンセンサス文書で扱われているLEEPは、外来で行われる子宮頸部処置として位置づけられ、そのうえで、局所麻酔薬の使用が推奨されている。パラサービカルブロック、子宮頸部への局所注射、リドカインスプレーなどで痛みの軽減が示されているが、どの方法が最もよいかまでは決まっていない。日本人から見た場合『痛みの管理としてそれでいいの?』という感想を持つかもしれない。
問題は、国ごとの優劣ではなく『どの処置を、どの場所で、どの麻酔で、どのように説明して行うのか』そこに患者の痛みや不安がどれだけ組み込まれているのか、という話。
コルポスコピーは、子宮頸部を拡大して観察する精密検査である。観察だけで終わる場合もあるが、異常が疑われる部分があれば、子宮頸部生検として小さな組織をつまみ取る。これは「検査」ではあるが、身体に対する介入であり、痛みや出血を伴いうる。
ACOGはコルポスコピー下生検における局所麻酔の効果について、エビデンスは一貫していない(局所麻酔が痛みを減らす可能性はある一方で、全体として明確な効果が示されていない)と整理している。子宮頸部生検のための局所麻酔は、注射そのものが痛みを伴う。処置時間も延びる。小さな生検では、麻酔による負担が処置そのものを上回る場合もありうる。
ただし、それは「痛み対策はいらない」という意味ではないよ🐰
ACOGは『子宮頸部生検の痛みに対して、局所リドカインの使用を患者と相談することは合理的だ』としている。つまり、全員に麻酔を標準化する話ではなく、痛みが起こりうること、麻酔にはメリットとデメリットがあること、不安や過去の経験によって負担が変わることを、あらかじめ説明しておく必要があるとしている。
「全員に麻酔」でも「麻酔不要」でもない、痛みが起こりうる検査として扱い、事前に説明し、選択肢を共有することだという話
レーザー治療そのものは、コンセンサス文書では直接扱われていない。内容的には、コルポ+生検とLEEP/円錐切除の間にくる処置になるだろうか。趣旨を敷衍すると、痛みが起こりうる検査として扱い、事前に説明し、選択肢(局所麻酔)を共有することになるだろう。
英国の患者向け説明を見ると、子宮頸部異形成に対するレーザー治療も、痛み対策なしに行う処置としては扱われていない。内容は混在するが、ある地域のNHSでは、レーザー蒸散は局所麻酔、鎮静、全身麻酔のいずれかで行われる治療として説明されている。 別の施設の説明ではレーザー焼灼は現在全身麻酔下でのみ行っているとされている。
英国でもレーザー治療の麻酔は一律ではないが、少なくともレーザー治療が「子宮頸部には痛覚がないから痛み対策はいらない」処置として扱われているわけではない、ということね🐰
(物理・化学的な意味ではレーザー治療とフェノール・TCA療法は同じカテゴリーに分類されると考えるが、受ける側の感覚では侵襲の度合いは相当違うものになる。『焼肉の匂い』と『フェノールの匂い(TCAは無臭か)』ではそれだけで患者体験は違うだろう。そして、それは痛みの違いとしても出るはずだ)
問題は、痛いか痛くないかの断定ではなく、処置の内容と患者の状態に応じて、痛みをどう管理するかということに帰結する。
まとめ(ACOGの提言のサマリー)
外来で行われる婦人科処置、たとえばIUD挿入・子宮内膜生検・子宮鏡検査・子宮内画像検査・子宮頸部生検などは『多くの患者が経験する一般的な処置』である。しかし(その割には)これらの処置に伴う痛みは過小評価されてきており、医療者は痛み管理の選択肢をよりよく理解し、患者が痛みのコントロールについて主体的に関われるようにする必要があるだろう。
痛みの感じ方や痛みへの対応は個人差があること。それだけでなく、医療者側のバイアスや社会的背景にも影響されること。慢性骨盤痛、性暴力・虐待歴、その他の疼痛疾患を持つ人、若年者などでは、痛みの経験や薬への反応が異なる可能性があること。
一方で、現在使われている痛み管理法のエビデンスは、処置によって限られていたり一貫していなかったりする(これだと言えるものがない)。そのため、ある処置で有効だった方法を、別の処置にそのまま当てはめるのは慎重であるべきだ。
結論:痛みの管理は「全員に同じ対応をする」ものではなく、患者と相談しながら決めるべきものである。ある人に有効な方法が、別の人にも有効とは限らない。だからこそ、患者の希望、不安、過去の経験、処置の内容を踏まえた『shared decision making』が重要になる。
(IUD挿入・子宮内膜生検・子宮鏡検査に関しては今回触れなかったけど趣旨は同じ)
ここで言いたいのは、日本が良いとか悪いとか、米国や英国が優れているとか、そういう話ではない🐰 ACOGがこのようなコンセンサス文書を出していること自体、外来婦人科処置における痛みの過小評価や、痛み管理の選択肢が十分に説明されてこなかった問題が、米国にもあることを示している。
あらゆる医療的介入や処置は、患者に利益をもたらすために行われる。検診も、精密検査も、治療も、その目的は病気を見つけ、治し、将来のリスクを減らすことにある。同時に、利益があることと、負担がないこと・負担を過小評価することは別。
痛み、不安、出血、羞恥、過去のつらい経験の想起。そうした負担をどう説明し、どう予測し、どう選択肢を示し、どう患者と一緒に管理するかは、単なる「患者に優しい対応」ではなく、検診を受ける、精密検査につながる、必要な治療を受ける、そして次回も医療につながる、という医療介入そのものの効果を最大化するためにも重要(痛いから検診に行かないという声を無視しない)なことだ。
だから、これは痛い・痛くないの話でもなければ、麻酔をする・しないの話でもない🐰
痛みを、医療の外に置かないこと・患者の経験を予防医療の設計の中にきちんと入れること
子宮頸がん予防を本当に届くものにするためには、そこまで含めて考える必要があるよ🐰(と考えながら”低”侵襲の検査法の開発を続けます)
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