HPVの存在証明(12)HPVが増殖する実験系がない
これはウイルス学としてHPVを扱う場合において大きな制限として存在することだ。
ある病原体を特定し、特定の疾患との因果関係を証明する方法として、もっともわかりやすいものの一つがヘンレ・コッホの原則ね🐰
これは、ヘンレ(Jakob Henle)が1840年にパブリッシュした『On Miasmata and Contagie』のなかで記述されたコンセプトによるもの。
今でいう感染症が起こる原因が『悪い空気(ミアズマ)』にヒトが触れることによって起こるという考え方から、病気を媒介するなにか(病原性因子・病原体)に接触することによって起こる(接触伝染・コンタギオン)という考え方に発展していく過程の話。
このどちらも、病気の原因が『外来性の因子』にあるとしている点で同じであり、現在の視点から見てもミアズマ説が決定的に間違っているわけでないのは面白い(COVIDで換気が強調されたのを思い出そう)。
ヘンレのコンセプトは、ある病気の原因であるとする病原体が本当にその病気の原因だというために必要な条件について述べたものになる。
顕微鏡で見える様な病原体が接触感染によってヒトでの病気の原因になっているとみなされるには①その病原体が”感染性を有する物”の中に常に見つからなければならない、②その病原体が”感染性を有する物”から分離(isolate)されなければならない、③分離された病原体の病原性(strength、病気を起こすことができること)が確認されなければならない。
ヘンレが提唱した時点から、実際にこの方法を用いて『ある病原体と病気の因果関係』が証明されるまで約半世紀の時間がかかった。それをやってのけたのが、我らが微生物・ウイルス学者の始祖とも言える『コッホ』になる。
コッホは①病原体の単離・分離培養(分離と単離には厳密に意味の違いがあるが過去の”HPVの存在証明”で説明した)法の確立と②単離された病原体を用いた動物実験で病気を再現すること、つまりヘンレのコンセプトを実際に結核菌に対して行い
『結核菌が結核の原因になっている』ことを”合理的な疑いの範囲を超えて”証明した🎺
こちらに簡単にまとめてある。興味があれば読んでみて。
HPVが増殖する実験系がない・何故これが問題となるのか
ヘンレ・コッホの原則を満たすためには①病原体の単離・分離培養が必須となる。これは技術的な話になるが『①病原体の単離・分離培養』には病原体を1個(文字通り感染性の細菌・ウイルス一個)から増やしてくるというステップが必要になる。
ここに説明した。制限は外してある。読んでみるといいだろう🐰
・HPVが増殖する実験系がない
ということは
・HPVを単離・分離培養する方法がない
ということになり
・ヘンレ・コッホの原則を用いた『病原体と病気の因果関係』を示すことができない
ということだからね🐰
これをどう克服して、HPVと子宮頸がんの因果関係を示した・証明したのかは別の話。今回は発散するのでしない🐰
HPVが増殖する実験系がない・その原因は
HPVは部位ごとに異なる皮膚や粘膜にある重層扁平上皮・付属器を感染宿主とする生活環を進化させた。それがいろいろなHPVが存在することの根本にあることの一つだ。簡単にいうと
(A)HPVは異なる細胞で異なる方法を用いて増殖している
ということになる。その上(い)ただ感染し増殖しているだけのフェーズと(ろ)ウイルスゲノムを増幅し子孫ウイルスを産生するフェーズを上皮細胞の分化と連動おこなう、このように二つの段階をその生活環に持つということだ。
(B)HPVは感染した細胞が分化するのに合わせて子孫ウイルスを生産している
このことはHPVを試験管の中で増殖させようとした時に大きなハードルとなる。
(A)体の部位ごとに異なる細胞を、その異なった性質のまま培養することができない。
これは、HPVの型ごとに感染して維持・増殖するための細胞を用意できないということ🐰実験的には、むりやりHPVが感染したような細胞を作ったとしても、培養しているうちに簡単にHPVが脱落してします。感染を維持することができない。
(B)適切に分化させてウイルス粒子を産生させる条件を持たない。
主なハードルは(A)になる。ざっくり、HPVを感染させても、一回か二回継代するのが限界で、HPVは簡単に脱落・消失するし、感染させた細胞を分化させても、ウイルス粒子の産生まで持っていくのは、成功例としての報告もほとんどない
HPVが増殖する限られた実験系
それでも、感染性ウイルス粒子を作成する実験系はないことはない(🐰さんは全部やったことがあるし、やれと言われればやれる。どや)
HPVウイルスゲノムを上皮細胞に無理やり導入して、その細胞を分化させて試験管内で皮膚組織を再構築する(Raft culture)方法…①
これは実験上一番スタンダードな方法で『ハイリスクHPV』に限定すれば確立している。ローリスクやその他のHPVでは行えない。(A)の感染した細胞を樹立できないから(ハイリスクならできる。HPV16が難易度が高い)
患者の感染組織から細胞を樹立して、Raft cultureを行う(ハイリスク)
患者の感染組織から細胞を分離して、免疫不全マウスに移植する(ローリスクを含めて)
感染細胞を患者の感染組織由来のものを用いる方法。特に後者は、試験管内では再現できていない”なにか”をマウスが補ってくれるために、成立する。ただ、移植してから数ヶ月もかかり、回収してからでないとうまくいったかわからない、気の長い大変な実験だ。
また、単離したウイルスゲノムで無理やり感染細胞を作り、そのままマウスに移植する形で『単離したウイルス(ゲノム)』を用いた『感染組織の再現』という形で、変則的ながら『ヘンレ・コッホの原則』を満たす形で、HPVの病原性(イボとしての・がんとしてではないよ)が証明されたという歴史的な手法だ。
このように、感染細胞の樹立 or 分離から、試験管内での分化・マウスに移植して分化させることで『感染性ウイルス粒子の産生』自体は行うことができるが、それでも最初に定義したように『ヘンレ・コッホの原則』を満たすステップとしての病原体の単離=ウイルス一個から増殖させることは厳密にはできていないことがわかるだろうか。
🐰さんは①Raft法で作成した感染性ウイルスを用いて細胞に『感染→ウイルス粒子の産生』を実験の可能性検証のために一度だけやったことがあって、一応成功した。ただし、細胞ひとつあたり500〜1000個のウイルス粒子を感染させる必要があったし、100,000の感染細胞を作成するのに、50,000,000のウイルス粒子を必要だった。
『病原体の単離=ウイルス一個から増殖させること』には程遠いことは明らかだ🐰
今回はマニアックな話になったが、簡単にいうと『HPVは実験系では簡単には増えない』ということだ。コロナウイルスだってアデノウイルスだって、ヘルペスウイルスだって、たった一個のウイルスから簡単に試験管内で、ほぼ無限に増殖させることができる。簡単にだ🐰
この性質の差が、HPVのCPE (Cytopathic effect)の違い・特殊性に直結するし、HPVと病気の因果関係の証明の難しさ、分子ウイルス学・生物学としての研究のしにくさにも関係しているという話。
次回は、HPVのCPEとアデノウイルスのCPEの違い、ウイルスが感染すると細胞が必ず死ぬのか?それがウイルスの定義なのか、について説明する。
まとめ
HPVは、1個の感染単位から出発して反復的に純化・増殖・検証できるような実験系にのらない🐰
HPV可愛いよ❤️HPV
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