HPVワクチンのリスクはどのくらいあるの・ないの?
HPVワクチンの安全性について話すとき「リスクがあるのか・ないのか」という問いがよく立てられる。
「リスクはゼロか」と聞かれれば、答えはゼロでないのは当然のことだ🐰
公衆衛生や医療の判断(よく利益がリスクを上回ると記載するよね)をする場合、
それは、どの程度の頻度で起こるのか。
自然に起こる頻度と比べて増えているのか。
接種との因果関係をどこまで言えるのか。
そして、その増加があるとしても、何人に1人くらいの大きさなのか。
このように、リスクは定量的に考える必要があり、その定量的に記載されたリスクが『一定の値(閾値)』未満であれば『安全性における特段の懸念がない』と評価される。
もちろん、定量的にリスクが一定あったとしても、その利益と比較して十分に小さければ(これも定量的な評価だ)その使用は承認・推奨されることになるだろう。
HPVワクチンは非常に安全性の高いワクチンだ
HPVワクチンの安全性に関して一般的な記載はこうなる
HPVワクチンに関して、アナフィラキシーは約170万回接種に1例、失神は注射に伴う不安・ストレス関連反応として位置づけたうえで、重篤な有害事象について、因果関係を示す安全性シグナルは確認されていない(🐰ここも感度と閾値が存在するが)、従ってHPVワクチンは “extremely safe” である。
もう少し解釈を加えて表現すると、HPVワクチンを接種する場合、懸念となるような安全性上のリスクは存在しない。他のワクチンと同等かそれ以上に安全だ🐰(接種手技に関連した肩関節障害は別の話ね)
『この懸念となるようなリスクがない』といった時、懸念となるかどうかを決める閾値が存在する。今回は、その閾値がどのように評価され、妥当と言えるか、ワクチン接種において常に議論となる『ギランバレー症候群』を例に説明してみよう。
(ギランバレー症候群に関する説明は割愛するが、発症した場合は重篤な健康負担だと言える)
ギランバレー症候群はHPVワクチン関連の因果関係のある副反応かもしれない、というシグナル
シグナル自体は存在する。論文としてはこれ(PMID: 28750853)。簡単にまとめると…
2017年、フランスの全国データベースを用いた大規模コホート研究で、HPVワクチン接種後のギラン・バレー症候群(GBS)リスク増加を示唆するシグナルが報告された。ただし、同研究は自己免疫疾患全体については概ね安心できる結果であったが(シグナルは検出されず)GBSについては”仮に因果関係があるとして”接種10万人あたり1–2例程度の過剰リスクと推定された。
ワクチンを接種してもしなくてもある確率でGBSは発症する。この観察研究では、ワクチン接種集団と非接種集団を比較すると、ワクチン接種集団で3.5倍のGBS発症率であったわけだ。これは、ワクチン接種10万人あたり、ワクチンが理由で”追加で”1−2人GBSになる人がいると言う数字ね🐰
日本で言えば中学一年生の男女(100万人いないのが寂しいが)がHPVワクチンを接種したとすると、ワクチン接種が原因で毎年毎年10〜人がGBSを発症することになる。
さて、ここではリスクが大きいのか・小さいのか(閾値)と言う意味では、二つの数字が出てくる。
①非接種集団と比較して何倍発症するのか。🐰非接種集団は自然発症率と置き換えても良い
②ワクチン接種あたり何人発症するのか。
そして『リスクが実質的にない(閾値以下)』と言う場合の閾値は…
①に関しては非接種集団や自然発症率と比較して、ワクチン接種しても発症率が増加しないこと。つまり『自然発症率』が閾値となり…
②ワクチン接種あたりであれば、100万接種に1人程度以下。つまり、一学年全員が接種しても、一人もワクチンが原因で発症しないと言える程度が閾値となる。
となると、このフランスからの報告で示された数字は、結構大きなものになる。この数字が本当であれば、HPVワクチンのリスクはあり・高めであるとなるし、『利益がリスクを上回る』とも簡単には言うこともできない。定期接種として使い続けられるかどうかは微妙なラインだ🐰
この報告と対極的なものもあってこれ(PMID: 24108159)で…
デンマークとスウェーデンの全国レジストリを用いた大規模コホート研究で、4価HPVワクチン接種後のGBSを含む神経疾患、自己免疫疾患、静脈血栓塞栓症のリスクを評価したところ、接種との関連を支持する証拠は認められなかった。
と言うものになる。
ギランバレー症候群はHPVワクチンのリスクか?①
このように、HPVワクチン接種後のGBSの発症に関しては、相反する観察研究の結果が示されていた。ギランバレー症候群はHPVワクチンのリスクなのだろうか?
それを評価したのがこれ(PMID: 28245941)で、これは、フランスから『HPVワクチン接種後のGBSリスク増加が示唆された』ことを受け、イギリスで大規模な自己対照症例シリーズ研究(1000万接種以上に対して)が行われたもの。
イングランドにおける1000万回以上のHPVワクチン接種を背景に、GBSリスクを評価する大規模自己対照症例シリーズ研究。この研究では、GBSを発症した症例自身を対照として用い、接種後の一定期間にGBS発症が集中するかを評価した。すなわち、接種者と非接種者を比較するのではなく、同一人物の「接種直後のリスク期間」と「それ以外の期間」を比較することで、個人差による交絡を抑えた解析になる。HPVワクチン接種がGBS発症の原因であるならば、接種後のリスク期間にGBS発症が過剰に集中し、その発症頻度は非リスク期間と比較して高くなると考えられる。結果は、接種後3か月、6か月、12か月のいずれの期間においても、HPVワクチン接種後のGBSリスク増加は認められなかった。さらに著者らは、研究規模と信頼区間の上限を踏まえ、この解析により、少なくとも100万接種あたり1例程度を超えるGBSリスクの増加は除外できると結論した。
ここでは、GBSを発症した人において、発症がHPVワクチン接種後に偏ってないこと、非リスク期間における背景発症頻度、すなわち実質的にはワクチン接種と時間的に関連しない自然発症の頻度(閾値)と比べて、接種後リスク期間の発症頻度は高くなっていなかった①。ワクチン接種によって100万接種あたり1例(閾値)未満であることが示された②。
となる🐰
ギランバレー症候群はHPVワクチンのリスクか?②
次は、米国の『ワクチン安全性評価・サーベイランスシステム』を用いた検討🐰
GBSはまれではあるが重篤な神経疾患であり、HPVワクチンに限らずワクチン安全性評価において特に注意して監視されてきた神経疾患の一つだ。米国では、ワクチン接種後に報告された有害事象を広く収集するVAERS(Vaccine Adverse Event Reporting System)と、医療記録に基づいてワクチン接種と疾患発症の関連を能動的に評価するVSD(Vaccine Safety Datalink)が用いて、ワクチンの安全性に関する監視が続けられている。
VAERSは、まれな有害事象のシグナルを早期に検出するための受動的報告制度であり、報告された事象がワクチンによって引き起こされたことを意味するものではない。一方、VSDは、接種歴と診療情報を結びつけ、背景発症率や非接種期間と比較することで、シグナルが実際のリスク増加を反映しているかを検証する仕組みになる。
これらの枠組を用いて、HPVワクチン接種後のGBSも評価されてきた。VAERSでは接種後のGBS報告はみられるが、その数は背景発症率(閾値)から予想される範囲を明確に超えるものではなかった。さらに、VSDを用いた疫学的評価でも、HPVワクチン接種後にGBSが増加するという明確なシグナルは確認されていない。
したがって、米国の安全性監視データからは、HPVワクチン接種後にGBSリスクが背景発症率を超えて増加しているとは評価されていない。
総合すると?
HPVワクチン接種後のGBSについては、フランスの大規模コホート研究でリスク増加を示唆するシグナルが報告された。しかし、そのシグナルは、北欧レジストリ研究、イングランドの自己対照症例シリーズ研究、米国のVAERS/VSDを用いた安全性監視、さらに系統的レビュー・メタ解析において、一貫して再現されていない。
ここで重要なのは「接種後にGBSが報告されること」と「HPVワクチンによってGBSが背景発症率を超えて増加していること」は別である、という点である。GBSはワクチン接種の有無にかかわらず自然に発症しうるまれな疾患であり、HPVワクチン接種後にGBSが報告されること自体は当然ありうる。問題は、その頻度が自然発症に相当する背景発症率を超えるかどうか。
イングランドの1000万回以上の接種を背景とした自己対照症例シリーズ研究では、GBS発症は接種後リスク期間に偏っておらず、少なくとも100万接種あたり1例程度を超える過剰リスクは除外できると評価された。米国VSDを用いた評価でも、接種後のGBS発症は背景発症率を超えて増加しているとは認められていない。さらに、系統的レビュー・メタ解析でも統計学的に有意なリスク増加は示されていない。
GBSは非常にまれな疾患であるため、研究によって症例数は少なく、推定値には幅がある。いずれにせよ「リスクは完全にゼロ」と断定することはできない(どんな疾患・病態でもそうだ🐰)。仮に過剰リスクが存在するとしても、その大きさは絶対リスクとして100万人接種あたり1例程度、すなわちNNH換算で約100万接種に1例程度と推定される。これは、少なくとも公衆衛生上「安全性における特段の懸念」とされる大きさのリスクではない。
これが、HPVワクチンでギランバレー症候群が発症するリスクは『閾値以下』と言ったときの意味だ🐰
GBSについては、監視すべきシグナルはあったが、検証の結果、背景発症率を超える一貫したリスク増加は確認されていない、と整理するのが妥当である。
つまり、ワクチンの安全性評価は、「リスクがゼロかどうか」ではなく、「自然に起こる頻度と比べて増えているか」「増えているとしても何人に1人の大きさか」という定量的な評価で行われる。
閾値とその根拠は示した🐰妥当かな?
・自然・背景発症率:その疾患・病態が、自然に起こる頻度と比べて増えているか
・100万接種に1例程度の増加:ワクチンが原因で増えているとしても何人に1人の大きさか
さて、これは妥当だろうか、妥当ではないだろうか?はたまた、妥当性はどのような根拠で評価されるのか🐰
GBSに関してはこれで一旦議論終了
今後も、ワクチン安全性の監視システムを用いて評価が継続されていくのだが。
今回は、各論・GBSに関してのみ解説したが、他のどの疾患・病態に関しても一つずつ同じように評価を続けていくしかない。
・安全性に対する懸念としてのシグナルが存在するか
・シグナルが存在するとして、ワクチンでどの程度発症しているだろうか
自然・背景発症率より高いだろうか
100万接種に1例以上の増加かあるだろうか
これらを閾値とした安全性評価が行われ続けており、現時点でHPVワクチンに関しては閾値以上のリスクは存在しないと評価されている。
🐰『HPVワクチンは非常に安全だ。接種をためらうような特段のリスクは存在しない』
さて、これが『HPVワクチン接種の利益はリスクを大きく上回る』といった時のリスクの定量的な記載だ。
🐰リスクが存在しない(ほとんど0・背景発症率程度)のだから、利益が凌駕するのは当たり前だ
蛇足
「100万接種に1例以上の増加があるだろうか」という絶対リスクでの記載は、GBSのように非常にまれな疾患ではわかりやすい。一方「背景発症率に対して何%増加しているか」「どの程度の増加までなら検出・除外できるか」と考えた方がより汎用的だ。
GBSは非常にまれな疾患なので、背景発症率を少し上回るだけでも、絶対数としては「100万接種あたり1例」程度の過剰リスクとして表現される。一方、POTSのように背景発症率が高い病態では、同じ相対的な増加であっても、絶対数としてはより大きな増加になる。
ただし、これは単に「POTSのリスクが大きい」という話ではなく、疾患ごとの疫学的特性の違いである。背景発症率が低い疾患では、絶対リスクとしての閾値は小さくなるが、症例数が少ないため、推定値の幅は広くなりやすく、エビデンスの強度は相対的に低くなりやすい。背景発症率が高い疾患では、絶対リスクとしての閾値は大きくなるが、症例数が多くなるため、背景発症率を超える増加を検出・除外しやすく、エビデンスの強度は相対的に高くなりやすい。
つまり、GBSでは「100万接種あたり何例」という物差しで比べたが、疾患によっては適切ではない場合がある。より本質的には、「自然・背景発症率と比べて増えているか」「その増加をどの程度の精度で検出・除外できるか」を見る必要がある🐰GBSではそれが『100万接種あたり何例』と表現されただけの話。
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