200年前の“ワクチン論争”:ヘンリー・ペティ卿への手紙(後編)
前回は、200年前の牛痘論争における『ヘンリー・ペティ卿への手紙』を題材に、種痘批判者が「真理・人道・専門性」を自らの側に置き、推進者を虚偽と悪意の側へ追いやる過程を読んだ。
ここまでに示されたのは、具体的な医学的根拠ではなく、「何が正しいか」より先に「誰を信じるべきか」を決めるための修辞の羅列🐰
では、ついに提示されるという「率直で正直な事実」は、牛痘の有効性・安全性・強制接種をめぐる批判を本当に支えられるのだろうか。
前編で「読む前から“ゴミ扱い”」「肥やしの山」とまで評された、牛痘接種擁護の著作『Vaccina Vindicia』。今回は、この著作に対してスチュアートがどのような批判を加えているのか、実際に見ていこう🐰
こんなものを読まされるとは苦痛だ🐰(フェルディナンド・スミス・スチュアート)
大事なのは、スチュアートが牛痘接種後にわが子を亡くした父親でもあったという背景🐰
彼の説明によれば、幼い息子は牛痘接種後に体調を崩し、長く苦しんだ末に死亡した。スチュアートはその死を牛痘接種によるものと考え、さらに自分の治療が死因であったかのように非難されたことに、強い怒りを抱いていた。
彼にとってこれは抽象的な医学論争ではない。わが子の死と、その死をめぐる責任の所在に関わる、極めて個人的な問題であった。
現在、HPVワクチン接種後の症状や「後遺症」を訴える人・その家族であれば、接種後に生じた苦痛をワクチンと結びつけて考え、その因果関係を否定されることに強い反発や苦しみを感じる心情はよく理解できるだろう。
スキレル医師による”ウォルワースの症例”(スチュアート自身のケース)
ここからは、スキレル医師が「牛痘接種の害を示す症例」として公表した報告に対して牛痘接種擁護派のソーントンが加えた批判の引用になる。
子どもは接種前には健康で、種痘の接種部位には当初、典型的な反応が生じていた。ところがその後、炎症が再燃して拡大し、難治性の潰瘍、強い疼痛、発熱が長く続いた末に治療の甲斐なく死亡した
この経過自体は、当時の種痘後に実際に起こり得た重篤な副反応として、医学的に不自然なものではない。
これに対して『ソーントン(ワクチン擁護派)』の批判を整理すると…
スキレルは「強壮滴」や「強壮粉」(スキレル医師が自ら調製・販売していた、処方内容の明らかでない消化不良・衰弱向けの強壮剤で、これ自体は事実だったらしい(広告が残っているから))を広告するような人物であり、信用できる医学的権威ではない。
反種痘派の内部では、この症例を誰が最初に公表したのかをめぐって、手柄争いまで起きている。
スチュアートは海外で豊富な診療経験があったと自称する一方、牛痘接種については帰国前には伝聞しか知らなかった。
「良質な牛痘接種材料」を意味して使った laudable vaccine matter という表現は医学的に不適切であり、種痘に関する無知を示している。
接種後14日目に炎症が再燃したという説明も、正しい種痘の経過とは合わず、観察か記述のどちらかが誤っている。
接種を行ったカナディン医師は、その後の子どもの経過を実際には診ておらず、症例の解釈は主としてスチュアート自身によるものである。
スチュアートは子どもに水銀を塗布し、授乳中の母親にも水銀を投与しており、その治療こそ子どもの状態を悪化させた可能性がある。
それほど強い治療を自ら行っておきながら、最終的に「牛痘が子どもを殺した」と結論づけるのは不合理である。
スチュアートの診療内容はあまりに異様であり、本当に正規の医学教育を受けた医師なのか疑わしい。
反種痘派は、この症例を牛痘による死亡例として利用する一方で、不都合な水銀治療の事実を意図的に省略している。
スキレルは、子どもに4〜5週間の水銀治療を行うことを一般に勧めている。
水銀治療は「残酷で馬鹿げた」治療であり、広く採用されれば数千人を死なせるだろう。
公表者の信用への攻撃、スチュアートの種痘知識への批判、症例解釈への批判、水銀治療への批判、医師としての資格・人格への攻撃になる。
これらの議論は、ワクチン接種後の副反応を評価する際に現在用いられている方法とは全く異なる。症例経過、代替原因、既知の副反応との整合性、時間的関係などを系統的に検討する科学的な議論は、ほとんど見られない。
ソーントンの批判は、最初から「これは牛痘接種の副作用ではない」という前提に立ち、その結論を守るために、用語の揚げ足取り、水銀治療への責任転嫁、報告者や公表者の信用攻撃を積み重ねているように見える。
つまり、症例を評価したというより「副作用ではない」とするための結論ありきの反駁に見える。
次に始まるのは症例の検討から(ではなく)信用をめぐる泥仕合🐰
ここからスチュアートは、ソーントンが引用したグリブル医師の書簡に反論する。
(グリブルは)スチュアートは『医師ではなく軍の兵舎管理官(誹謗中傷だ🐰)』にすぎず、子どもは牛痘ではなく、スチュアートが行った水銀治療の犠牲になった。
これに対しスチュアートは…
・グリブルは自分を医師として扱い、処方や診療にも協力していたではないか(典型的なレスバトル)
・自身の軍歴、海外での診療経験、黄熱病患者を治療した実績、ロンドンやウォルワースで医師として認識されていたことを『長々と列挙』し、自らの専門性を証明しようとする(自分には権威がある🐰)
・水銀についても、妻や子どもを長期間水銀中毒にしたという批判は虚偽であり、実際に使った量は限定的だった(よくわからん🐰)
・ソーントンは、私が laudable vaccine matter と書いたことを「完全な無知」の証拠だという。 しかし、ソーントン自身も著書の中で vaccine matter や fresh matter という表現を使っているではないか。 それなのに、私が同じ matter という語を使うと無知の証拠になり、自分が使うと専門知識の証拠になるというのは、あまりに不合理で厚かましい。
(🐰”ウイルス”ではなく”ウィルス”と書くのは無知の証拠みたいな議論)
・これは単なる医学上の反論ではない。牛痘接種後に子どもを失い、その死を自分の責任であるかのように非難された親に対して、よくもこれほど侮辱的な言葉を投げつけられるものだ
(症例の評価はいつの間にか遠のき、議論は「子どもを失った親に対する言い方か」という道徳的非難へと戻っていく🐰この構図も現代でも見られるよね)
しかし、ここでも議論の中心は、症例の医学的評価ではなく
誰が本当の医師なのか
誰が嘘をついているのか
誰が相手を裏切ったのか
誰の証言が信用できるのか
という人物の信用をめぐる争いに移る。
そしてスチュアート自身も、グリブルを「ユダ」、ソーントンを「卑劣な中傷者」などと呼び、前編で批判したはずの人格攻撃を、そのまま相手に返していく🐰
🐰「また長い悪口合戦に入った」(これを延々と10ページ近く読まされたよ。こんなものを読まされるとは苦痛だ😄スチュアートの言葉自体に全く同意する)
🐰症例を積み上げ、ついに「怪物」と「隠蔽」の物語へ
次に、スチュアートはソーントンとの悪口合戦をいったん離れ(フウ🐰)牛痘接種後に子どもを失った家族からの手紙や、接種後に重い皮膚症状を起こしたとされる複数の症例を次々に紹介していく。
挙げられたのは…
接種後に潰瘍や発疹が続き死亡した子ども
接種後にも天然痘に罹患した例
牛痘接種後に健康を損なったとされる例
同じ家族内で複数の子どもが死亡したという報告
など🐰
そしてスチュアートは『牛痘接種は新たな病気を生み』『天然痘も防げず』『社会に広く害をもたらしている』という一つの物語にまとめていく。
(種痘をHPVワクチンに置き換えても全く同じ話が見れるよね🐰)

種痘は怪物だ🐰
牛痘接種は「怪物」である
推進者は真実を隠している(どこかで聞いたゾ🐰)
新聞や書店(メディア)は反対意見を掲載しない(どこかで聞いたゾ🐰)
権威や利益によって社会全体が欺かれている(どこかで聞いたゾ🐰)
という方向へ広がる。
ここの文脈で重要なのは、これらの症例が本当に牛痘接種の副作用だったかどうかの評価ではない。当時の種痘には、実際に重篤な副作用が起こり得たのであり、提示された中に真の副作用が含まれていても不思議ではないし、さらに当時は接種後に生じた症状と接種との因果関係を、一定の基準に沿って評価する枠組みも方法も存在していなかった。
その個々の症例が「被害事例の列挙」から「制度や専門家による隠蔽」へ、さらに「社会全体が欺かれている」という結論へ広がっていく。この論理構造は、200年後の現在に見られるワクチン批判の言説と、驚くほどよく似ているよね🐰
🐰日記を「証拠」として提示
スチュアートはここで、自分の主張を補強するため、子どもの接種前後から死亡までの経過を記した日記を提示する。
日記には、1802年4月8日の牛痘接種後、翌日から激しく泣くようになり、痛み、哺乳不良、発熱、接種部位の炎症再燃、潰瘍や腫瘤の出現が続いたことが、日付ごとに記録されている。その後もさまざまな治療が試みられ、一時的に病変が軽快した時期はあったものの、全身状態は回復せず、約6か月後の10月1日に死亡した。
スチュアートがこの日記を示す目的は明確で症例報告が記憶や後付けの解釈に基づくものではなく、その時々に記録された観察に基づくこと、そして自分が子どもを不適切な治療で死なせたという批判に反論することである。
つまり、この日記は彼にとって、牛痘接種後に起きた一連の経過を裏づける「一次記録」であり、自らの主張のエビデンスだ🐰
🐰ペティ卿・議会・政府への訴え(強制接種への反対と書簡の結語)
日記の抜粋を、自らの症例を裏づける一次記録として示した後、書簡は再び本来の宛先であるペティ卿への訴えに戻る🐰
スチュアートは、
・自分の子どもの症例だけでなく、これまでに挙げた接種後の重篤例、死亡例、種痘後にも天然痘を発症した事例をまとめて、牛痘接種は天然痘を確実に防がず、さらに新たな重い病気を生じさせるものだと主張した。
そのうえで批判の対象を、個々の医師から議会と政府へ広げていく。
・議会は、牛痘接種の長期的な有効性と安全性を十分に検証しないまま、公金を投入して普及を後押しした。
・推進者たちは、すでに失敗や害が明らかになっているにもかかわらず、自らの誤りを認めようとしない。
・そして今度は、接種をすべての人に強制しようとしている、
というのである。
スチュアートにとって、これは単なる医学上の誤りではない。十分な検証を経ていない医療行為を、国家が権威と公金によって普及させ、さらに個人の身体に強制しようとする政治的・道徳的問題である。
最後に彼は『牛痘接種は国家の後押しや権威によってではなく、その有効性と欠点そのものによって評価されるべきだ』と訴え、強制接種の構想を「専制の極み」と批判している。
前編から続いてこれらが『ヘンリー・ペティ卿への手紙』の全体になる🐰
(以降、付記があるが、初版への批判に対して、反論者は種痘支持に偏り、反対意見を十分に読まずに否定していると再び非難する。ここでも議論は新しい証拠の提示というより、「相手は最初から真実を見る気がない」という、これまでの枠組みの反復である。冗長になるので触れない🐰興味があれば読んでもらうといいが、あまり面白いものではないことを指摘しておくね🐰)
🐰科学的な議論をしようぜ
スチュアートは最後に、牛痘接種は国家の権威や推進者の熱意によってではなく、その長所と欠点そのものによって評価されるべきだと訴える。
この原則には、全面的に同意できる。現在でも🐰
しかし問題は、「科学的・医学的な議論をする」とは、具体的に何をすることなのかになる。
現在では、ワクチン接種後に生じた症状について、時間的関係、既知の副反応との整合性、代替原因、発生頻度、非接種者との比較、再現性などを一定の方法に沿って評価する枠組みが存在する。もちろん、その方法も完全ではないが、少なくとも個別の体験や印象、人物の信用だけで因果関係を決めないための手続きは、200年前よりはるかに整備されている。
(ワクチンの有効性に関する議論も同様だが割愛する)
今回の書簡に登場する人々も、当時の水準では「科学的・医学的な議論」をしているつもりだったのだろう。
しかし実際に読んでみると、議論の大部分を占めているのは、
誰が正規の医師なのか
誰が嘘をついているのか
誰が金や名誉のために発言しているのか
誰が残酷で、無知で、信用できない人物なのか
という、信用と人格をめぐる争いである。端的に言えば、その多くは誹謗中傷だ🐰
一方で「エビデンス」として提示されるのは、接種後に生じた症例の列挙、家族や知人の証言、著名な医師の意見、成功例や失敗例の紹介である。その形式は、現代のワクチン論争で見られるものと驚くほどよく似ている(これを受けて、あの有名なエビデンスピラミッドに行き着くのは分かるだろう)
現在の水準から見れば、それだけでは有効性や副作用、因果関係を評価する科学的議論としては成立しない。もちろん、そこには時代としての限界がある(仕方がない)。むしろ重要なのは、私たちはこうした議論の限界を経験し、そこから評価の方法を発展させてきたということだろう。
今回取り上げたのは、単純に「反ワクチンは間違っている」と批判することではない。引用からも分かるように、牛痘接種を擁護する側もまた、症例を十分に検討する前から「副作用ではない」と決めつけ、言葉尻を捉え、報告者の資格や人格を攻撃していた。
つまり、双方とも同じようにダメな議論をしていたのである。
反対派は、個々の被害事例を積み上げ、隠蔽や権威への不信を含む大きな物語へ広げていく。推進派は、症例そのものよりも報告者の無知や不適切な治療を攻撃し、ワクチンとの関連を最初から退けようとする。
そして双方が、自らを「真理・人道・科学」の側に置き、相手を「虚偽・悪意・無知」の側へ追いやる。
そして、200年前の種痘論争で見られたこの内容と構図は、あまりにも今日的であるということ。
ヒトは200年たっても、簡単には変わらない🐰
だからこそ、誰が語っているかではなく、どのような方法で確かめられたのかを議論しよう。
🐰さんが関心を持つのは、現在利用できる最良の科学的手法にのっとった、科学的・医学的な議論である。それに代わる、より確かな方法があるとは考えていない。
もちろん、その知見をどう伝え、どう行政や政策に実装するかという議論は別に存在する。しかし、まず科学的な問いは科学的な方法で扱おう。
科学的な議論をしようぜ🐰
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