HPV感染を減らすのは『ワクチン』なのか『仮説・仮定』なのか?

HPV撲滅をうたう数理モデルは、何を仮定し、何を計算しているのか。何を読み取ればいいのか。
アマミノクロウサギ 2026.01.26
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男性がHPVワクチンを摂取すれば子宮頸がんを撲滅できる可能性
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米UMDが接種率をどこまで高めれば子宮頸がんを社会的に撲滅できるか数学モデルを用いて計算した結果、女子の接種率を99%以上にするか、女子80%男子65%を達成すれば撲滅できる可能性が示されたという
2026/01/25 07:02
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米UMDが接種率をどこまで高めれば子宮頸がんを社会的に撲滅できるか数学モデルを用いて計算した結果、女子の接種率を99%以上にするか、女子80%男子65%を達成すれば撲滅できる可能性が示された

このサマリーは、方向性としては大きく外れていない。公衆衛生メッセージとしても、「高い接種率が重要である」という点では妥当である。しかし、実際に論文が数理モデルとして主張している内容は、これとはかなり異なる。少なくとも専門家が読む際に、この種の要約をそのまま鵜呑みにすることはない。この元論文を🐰さんがどのように読んだか記録しておく。

***

・本論文がモデル化しているもの

この論文は子宮頸がんのHPV感染からがん発症までの自然史を詳細に組み込んでいるが、ワクチン介入の評価という観点では、議論は有効再生産数 Rの評価で実質的に完結している。したがって、がんアウトカムは“評価対象”というより“有効再生産数R挙動に従属する帰結”として扱われている。

有効再生産数Rとは「今その集団にいる感染者1人が、平均して次に何人へ感染を広げるか」を表す指標で、Rが1未満なら感染は自然に減り、1を超えると広がり続ける

つまり、この論文が中心的に扱っているのは、HPV感染が集団内で自立的に維持されるかどうか『すなわち、有効再生産数Rをどのようにモデル化するか』という点だ🐰

本モデルの枠組みでは、Rが1未満になると新規HPV感染は自動的に減衰し、既感染者は回復または死亡によって系から退出する。その結果、十分に長い時間が経過すれば、がん発生率も必然的に低下する構造になっている。

したがって、論文中で比較される

  • 複数のワクチン接種戦略

  • Pap検診の効果

  • eliminationやspillover benefit

といった結論は、すべて『どの条件下でRを1未満にできるか』という一点に帰結する。

この論文で用いられているeliminationという言葉は、通常の公衆衛生文脈で使われる「子宮頸がんという疾患のelimination」ではないことも注意が必要だ。ここでは文字通り、HPVの感染がなくなることを示している。

***

モデル内で前がん病変(CIN)や子宮頸がんの自然史が精緻に記述されているのは、がんを独立したアウトカムとして予測するため(予測してもいるのだが)ではなく…

  • 感染性のある状態がどれくらい持続するか

  • その間にどれだけ次の感染につながるか

をRの構成要素として表現するための装置である。

言い換えれば、本モデルは

一度感染しても、最終的には感染性を失う状態に至る」

という仮定を置いている。この点が、🐰さんがこれまで一貫して問題にしてきたHPV感染モデルの考え方とは異なることは、容易に理解できるだろう(まずここから批判したい)

したがって、この論文の結論の妥当性や意味を評価するために重要なのは、

  • がん罹患率の数値そのものではなく

  • Rを規定している仮定やパラメータ設定がどれほど妥当か

  • それらのパラメータが動いたとき、結果がどのように変わりうるか

を吟味することだ。

と、いうことで『Rを規定している仮定やパラメータ設定がどれほど妥当か』をみてみよう🐰

まず、この論文が置いている感染モデルの“骨格”を、大雑把に🐰

このモデルは、ざっくり言えば「既にコミュニティ内に存在する感染者」が作る感染圧のもとに、毎年新たに性活動を開始する集団(17歳人口)が流入し、その中の一部が異性パートナーとの性交渉を介して感染する、という枠組みで動いている。

集団は男女に分けられ、それぞれが 未感染(感受性)から感染状態へと移行し、一定の自然史をたどる。感染は未感染者が異性の感染性パートナーと接触することで成立し、感染後は段階的に状態が進行する(感染性が変化する)。ワクチンは、新たに流入する人口の一部を 最初から感染しにくい状態として集団に加えることで、感染の入り口を狭める。Pap 検診は女性側で前がん病変を検出し、感染性の高い状態の滞在時間や行動を変化させる介入として組み込まれている。

つまり、モデルの見取り図としては、

  • 既存の感染者が“感染圧”を作る

  • 毎年、新たな感受性人口が流入する(17歳以上)

  • 異性間のパートナー接触を通じて感染が成立する

  • 感染者は一定の自然史をたどり、(論文モデルでは)最終的に回復・免疫成立も起こる

  • その全体の結果として、集団レベルで感染が維持されるか(R≥1)/維持されないか(R<1)が決まる

という構造になるね🐰

一番重要なパラメータである、既存の感染者がどの程度感染をさせるかをみてみよう。

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続きは、5382文字あります。
  • 年間の有効感染率は何を意味しているのか
  • あれ、ちょっとまって🐰感染女性は男性の2倍弱新規感染者を産むってこと?
  • このままでは感染者を産み続けてしまう。
  • 🐰さんなら、どうするか —— モデルの「構造」を変える
  • 驚くほど単純な帰結になるが🐰
  • まとめ:結論は同じ、でも意味はまったく違う
  • 論文モデルでは…
  • 🐰モデルでは…
  • まとめ
  • 最後に言い訳

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