誰がHPVワクチンを接種するべきか(3)男性を対象とすることが遅れた理由
HPV感染症が男女関係なく健康上の問題になっていて、感染予防に男女関係なくワクチンは有効だ。ワクチンの第一の利益は接種した人が感染・疾患から守られることだから、男女関係なくHPVを接種する利益がある。『ジェンダーニュートラルワクチン』と言うこと。簡単な話だね🐰
HPV感染症の負担・HPVワクチン接種の効果・利益に男女・年齢によって違いがあるから、確保されるワクチンの量や国ごとの費用対効果の考え方、優先順位などによって、実際のワクチンプログラムの対象は変わる。
優先順位に男女差があるとは言え、ワクチン先進各国で男子へと接種が拡大していくのを見ていると、当初から男性が対象でなかったのはなぜだろうか、と疑問をもつのも当たり前ね🐰
『HPV感染による発がん』が解明された経緯
今となっては『HPV感染が原因によるがん(HPV関連がん)が、全がんの5%程度を占める』ことがわかっていて、HPV感染症とその結果としての発がんが公衆衛生上の問題であることは常識となった(よね?🐰)。でも、人類が東アフリカで出現して以来、HPVは人類に蔓延し続けていて、病気の原因になっていたのだけど、HPV感染ががんの原因になっていたって人類が気づいたのはつい最近のことだ。
『1983年にハラルド=ツール=ハウゼンが率いるグループが子宮頸がん組織から新しいHPV (16型と18型)を発見して報告し、子宮頸がんがHPVの感染によっておこると発見・証明した』と言われることがあるが、それは間違い🐰彼の発見が発端となって、HPV発癌に関する研究が本格的に始まって、20年かけて無数の研究者や臨床研究・疫学研究に参加した患者たちの努力の結果、2000年代に入って『ハイリスクHPVに感染することが原因でがんが発症している』とエビデンスを総合的に評価して証明されたと言えるようになった、が正しい。
ツール=ハウゼンはHPV感染が原因で子宮頸がんが起こることを発見した・証明したからノーベル賞をもらったのではない。彼の発見がその後の『全がんの5%を占めるHPV関連がん』や『ウイルス発がん』に関する研究と理解、その過程で多段階発癌説や発癌の分子機構の理解の発展に寄与、その結果として子宮頸がん予防としてのHPV検査の検診への応用やHPVワクチンの開発につながった、そのきっかけになった発見に対して与えられたものだ。
HPV関連癌・それは子宮頸がんから始まった
HPVが原因とわかる前から、子宮頸がん予防を目的とした検診は存在し有効であった。『HPV感染ががんの原因になっていること』の根拠自体が
①検診による前がん病変の発見と治療によって子宮頸がんを予防できること
②HPV感染が前がん病変の原因になっていることを示した疫学・臨床研究のデータ
になる。HPV発がんの理解自体が、HPV感染と子宮頸がん発症の因果関係の研究を通して進んだわけだ。
当然のことながら、HPV検査が(子宮頸がん)検診・検査に使えること・HPVワクチンが『がん予防』に効くと言えることも、HPV感染と子宮頸がん発症の因果関係(その背景にある膨大な疫学データ)をもとにして言うことができた。HPVワクチンを当初女性にだけ接種していたのは、女性にだけ効く・利益があると証明(データでサポート)されていたからで、男性に関するデータが存在しなかったからになる。
HPV検査が女性にだけ用いられて、男性に対して用いられないのも基本的に同じ理由だ。検査自体はできる。しかし、HPV検査をすることが臨床上どのような意味があって、結果をどのように用いれば有益か、わかっていない。有益性が示されていないことが、男性のHPV検査をする理由がないことを表している。
子宮頸部以外の場所のHPV関連がん・特に男性におけるHPV関連がんに関して
子宮頸部以外のがんに関しても、1983年以降積極的にHPVが原因となっていないか探索されることになる。ここで『あるがん病変でHPVが検出されることとそれががんの原因になっていることは違う』こと『それを証明するために、子宮頸がんにおいても20年かけて膨大な研究が必要とされた』ことを思い出して欲しい(このプロセスは、サポーター限定レターで順番に説明していくよ🐰)。
子宮頸部以外のHPV関連がんに関してはこの研究が不足しているか、子宮頸がんほど進展していないことがネックとなる。現在では
①がん組織でHPVが検出されること。疫学的に示されること。
がスタートとなって
②分子病理学的な評価で癌組織でHPVが発がんに寄与しているエビデンスが示されること(子宮頸がんの研究で明らかになった知見が応用される)
で『そのがんが(XXという程度)HPV感染が原因になっていそうだ』と言うことができる。みてわかるように、この言説もまたHPV感染と子宮頸がん発症の因果関係自体がその根拠になっている。そして次の段階の
③ HPV感染がそのがんの原因となっている疫学的なデータ
④ (あるなら)前がん病変を治療することで、がんが予防できる疫学的データ
⑤HPVワクチンを用いることで、前がん病変が予防できる疫学的データ
これらが揃うと『HPVワクチンを用いてXXXがんを予防できる』ことがサポートするエビデンスと共に証明(一定の蓋然性をもって主張)できるといっていいだろう。
それぞれのがんについて見てみよう
4価ワクチン・ガーダシルの効能・効果は

添付文書より
子宮頸部・外陰部・腟・肛門のHPV感染病変およびがんが予防できると記載されている(コンジローマの話はここでは置いておく)。これらの部位のHPV関連がんは(A)感染が前がん病変の原因になっていること(B)前がん病変から癌が発症することがわかっていて(C)ワクチンが感染と前がん病変を予防することを臨床研究・治験でしめされているから、ワクチンの添付文書に効果・効能として記載することができるわけだ。
そして、前がん病変が減ればそれに続くがんも減ることがわかっているため『癌も予防できる』といって良い🐰2020年以降、実際のワクチン接種集団で20代の子宮頸がんが減少したことが観察されていて、エビデンスとしては完成したと言える(30代40代の結果は10年後20年後にでる)。
余談になるが、肛門部の前がん病変を検診で発見して治療すれば肛門癌が予防できると、実際のデータで示されたのは昨年の話。
あれ、中咽頭がんはどこに行ったの?
HPV関連中咽頭がんは比較的あたらしいHPV関連がんである
子宮頸がんから後にハイリスクHPVに分類されることになるHPVが次々と発見されている頃、頭頸部癌に関してもHPVが検出されないか研究が行われた。1980年代90年代の論文を見てみると、それほどHPVのDNAが検出されることはなく、HPVが頭頸部癌の原因としての寄与はそれほど大きくないと解釈された。
ところが、観察を続けていくと、2000年位以降頭頸部がんの中でも『中咽頭がん』でHPVが検出される(HPV感染が原因となると推定できる)ものが急激に増えていることがわかってきた(上記の①を満たす)。病理学的な評価をするとその発癌機序にHPVが関与していることを示唆することがわかった(上記の②をみたす)。病態をみても、HPV関連の中咽頭がんは治療に対する反応性の違い(予後が比較的良い)など、中咽頭がんに『HPV関連中咽頭がん』と『HPV非関連中咽頭がん』の二つが存在し、前者の罹患率が急速に大きくなっていることがわかったわけ🐰
一方、新しく出現したHPV関連中咽頭がんに関しては、子宮頸がんのように検診を続けてきたことでわかった『がん発症の自然史に』関する疫学的な蓄積が存在しない。それどころか『子宮頸部においては実際のがん患者の何倍も存在する前がん病変』にあたる、中咽頭のにおける前がん病変は見つかっていない。他の部位では一定のエビデンスの存在する上記の③〜⑤が示されていないと言える。前がん病変がないのだから、感染と前がん病変の関係もわからず、わからないからワクチンの効果を直接示すことができない。
だから、添付文書の効果・効能のところにも記載されていない。HPVワクチンの中咽頭がんに関する予防効果に関しては『HPV発癌に関してわかっていること』から期待はされるが、接種後その効果に関して観察を続ける必要があると評価されている。
中咽頭がん予防を目的としてHPVワクチンの接種を推奨できるか
🐰『できる』
HPV関連中咽頭がんはHPV関連がんの中では新しい疾患と言える。しかも、急速にその数は増加していて、アメリカにおいては女性の子宮頸がん罹患者数よりも多くなっている。男性にとって特に公衆衛生上の課題となる(なっている)ことは間違いない。ここで重要なのは、我々人類がHPV感染と子宮頸がんの因果関係を解明する過程で手に入れた知識を応用すると、その原因にHPV感染がなっているであろうことは『かなりの蓋然性をもって推定できる』と言うことだ。
中咽頭がんでHPV感染が原因になっているのであれば、子宮頸がん予防に効果があることを示されたワクチンがその予防に有効であることも推定できる。ざっくり、HPVに感染しなければ今後発症する中咽頭がんの多くは予防できると期待できることになる。
中咽頭がん予防を目的としたHPVワクチンの接種は、子宮頸がん予防と比較して一歩進んだ試みだ。直接ワクチンが中咽頭がん予防に効くというエビデンスはなくとも、現在のエビデンスで十分推定できるから接種するのだ。疫学データが揃うのを待っていたら、それこそ30年は遅れることになるだろう。それどころか、中咽頭がんがHPV感染が原因となっていること・ワクチンで感染を予防すると中咽頭がんが予防できることに関するエビデンス自体、HPVワクチンを集団接種した集団を40年観察することでエビデンスが提出されると考えられている。
先回りして一次予防をしていると言うわけよ🐰人類が今HPV関連中咽頭がんに気づいていなかったら、2050年頃に『HPVワクチン接種集団で中咽頭がんが減っている』ことで気づかれることになっただろうね。そんながんが他にもあるかもしれないよ🐰
HPVワクチンの中咽頭がんの予防に関して、今話題の『エビデンス』が必要であれば、欠けている部分があると言わざるを得ない。一方、これだけわかっていることもあり、それに対抗できるであろう方法(ワクチン)も存在する。これだけの状況でワクチンが推奨できないとすると何のための科学的理解・発展だろうか。疫学は基本的に過去を見ることしか出来ず、それだけにこだわると予防はできませんよね🐰
コンジローマ予防に確実に効くわけで、わかりやすい利益をとりながら、男性のHPV関連がんに関しては期待していればいいんじゃないですか🐰
(2025年度から米国のHPVワクチン添付文書の効能に中咽頭癌の予防効果が記載される様になっている🐰)
まとめ
子宮頸がん以外のHPV関連がんに関する理解が遅れたことで、男性におけるHPV関連がんの負担に関する理解が遅れた。特に、男性にとって1番の脅威である中咽頭がんは2000年以降に出現した新たな疾患・病態と言ってもよく、その発症の自然史に関して未解明の部分も大きい。そのため、男性のワクチンの有効性や利益に関する認識や研究自体が遅れたことが、HPVワクチンの男性への接種が遅れたことの根本的な原因。
今みると、HPVワクチンは男女ともに接種が推奨される『ジェンダーニュートラルワクチン』であることは当然のように見える。だが、そのように考えられるようになったのは、ここ10年の話であるし、ワクチン接種プログラムとして男子に拡大しつつあるのもこの5年の話と言える。
今ならそれほど遅れているとは言えないだろう。
男子への定期接種拡大ハヨ🐰
(陰茎がんの話はそのうち🐰)
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