HPVの存在証明⑧乳頭腫・イボは感染性の病気だ
これまでに
として、HPV (Human Papillomavirus)存在すること(どのように発見され・性質が同定されていったか)に対する議論のための準備をしてきた。
今回は、HPVがまだHPVと呼ばれる前の話ね🐰
『ある病気が感染性の病原体が原因で発症するのではないか?』
その同定と因果関係をコッホの原則を満たす形で証明しようとする試みる過程で、
①濾過滅菌できず(非常に小さく姿が見えず)
②純粋培養で増殖・ふやすことのできない病原体として
ウイルスという概念が確立されていった。
(A)病気があって
(B) 感染性があり
(C)濾過できず・増やすことができない
この性質を持つものがウイルスです。
粒子だの、PCRだの、精製だの、単離だの、写真だの、そのスタート地点では関係ありません🐰
今日はスタート地点の話ね
① 病気としての乳頭腫・Papillomaの存在
まず、イボ・疣・乳頭腫・Papillomaが病気として存在するところから。
皮膚・粘膜にできる良性の腫瘍性疾患をさします。『イボ』が一番一般的な用語になり、やや広い概念になります。俗に『イボができた』と言った場合には、HPVが原因になっているものだけを指すわけではなく、そのほかの疾患を指すこともあります。隆起性のほくろをイボということもあるでしょうし、スキンタッグをイボということもあるでしょう。科学的厳密性の低い一般用語なわけです。
そのため、より正確には『ウイルス性疣贅・イボ』と表現します。この場合は『HPVが原因の』まで限定した、皮膚・粘膜にできる良性の腫瘍性疾患になります。その意味では
『日本皮膚科学会尋常性疣贅診療ガイドライン』においてウイルス性疣贅に伝染性軟属腫が含まれているのは、おかしく、ウイルス性疣贅(HPVによるを含意する)から独立して分類・記載されるべきものです(ここでHPV1a/2aと記載されていることもおかしい。現在存在しない上に、HPV2cはどこいった?問題)。
話がそれた🐰
まあ、これはそういう病気がありますということで、特にかかったことがある人・見たことがある人であれば特に議論はないでしょう。
2000年以上前・ギリシア/ローマ時代の医学書に記載されたHPV関連疾患
もちろんHPVによる感染性疾患であるとは認識されていたのではないのですが、現在HPVの感染が原因となっている疾患は2000年以上前から認識されて、記載が残っています。例えば、
尖圭コンジローマ(Condylomata acuminata)は少なくともヒポクラテスの時代から広く知られていた病気で、『condyloma』の由来が古代ギリシア語の『丸い腫瘍』に由来し、『acuminata』はラテン語の『sharp points』に由来し、当時の呼び方がそのまま現在まで使われているわけです🐰
ローマ時代には『尖圭コンジローマ』は、開いたイチジクに似ていることからイチジクを意味する『ficus』、また植物のタイムの葉に似ていることからギリシャ語のthymionに由来する''thymus''という用語で呼ばれていたとのことです
現代では『カリフラワー』と表現されるのもよく見ますね🐰
いずれにせよ疾患としては広く認知されていたと言えます。
ローマ時代の医師・Aulus Cornelius Celsusによる三つのHPV関連疾患の記載
1世紀初頭のローマ人医師Aulus Cornelius Celsusはその著書『De Medecina』の中で、三つの異なる(区別できる)良性の腫瘍性疾患として
(1)子供に発症し、自然消退することが多い『acrochordon』今の尋常性疣贅(HPV2/27/57)
(2)性器に発生する乳頭腫性で血管に富む病変として『thymion (タイムから来ています)』今の尖圭コンジローマ(HPV6/11)
(3)足底に発症する疣贅の『Myrmecia』HPV1による足底疣贅だがミルメシアの呼称は残っています(『Myrmecia』とはアリ塚という意味です。ググってみて🐰似てるから)
この三つを記載しました。現在ではそれぞれ、異なる型のHPVが原因で発症することがわかっていますが、臨床上の特徴から2000年前に区別ができていたこと、あえて言えば『タイピング』ができていたと言えるは面白いと思いません?
この辺の背景はこちらで説明しています。
また、古代ローマでは、尖圭コンジローマは乱れた性行為の結果であると信じられていて、ラテン詩人マルシャル(紀元1世紀)の書物『エピグラム』に風刺詩が数多く見られるとのことです。
こちらで英訳がよめるらしいですけど、手が回っていません。
注目すべきは、HPV感染症が既に『乱れた性行為の結果』であるとの偏見があることでしょう。根深いのですよ🐰
このように現在HPV感染が原因になっているとわかっている疾患のいくつかは、病気として認識されてから2000年以上の歴史があるということですね🐰
まず『(A)病気がある』ことが確認されました。
パピローマ・乳頭腫は感染性の病気ではないか?
HPV感染症が『乱れた性行為の結果』であるというのは偏見の結果であるとは言え、そこには性行為を介した感染性の疾患ではないのか?との解釈があること自体に異論はないでしょう。
また、『Kissing Warts』のような・接触する2箇所の部位にイボができることを観察すると、『イボが感染性の疾患でないのか』とアイディアがでることは自然であると言えます。
🐰さんも大学生の時に、イボを撫で回していたら人差し指の先端に『イボが移りました』。感染性っぽいですね。
では、パピローマ・乳頭腫はうつるのか試してみよう!
パピローマ・乳頭腫が感染性の疾患でないのかとのアイディア(仮説)が浮かべは試してみたらいいのです🐰
コッホが1880年代に『結核菌と結核の因果関係』を証明し『感染症』の地位を確立して以降、次々と新しい感染症を探す試みが活発に行われました。(HPVの関係する)パピローマ・乳頭腫に関しても同様でした。
記録上遡ると、1894年のLichtの尋常性疣贅の感染実験の成功に遡ることができ、
Licht, C. DE F. 1894. Om Vorters Smitsomhed. Ugeskrift Laeger 1:368-369.
コンジローマでの感染実験の成功は1918年のWaelschに遡ることができるようです。
Walsch, L. 1918. Ubertragungsversuche mitspitzen Kondyloma. Arch. Dermatol. Syphilis124:625-646.
英語でもなく100年以上の話になるので、原著には当たれていません。詳しいかたがいれば是非🐰
現在でも参照しやすいものとしてはこれ。
この論文の中では、尋常性疣贅・コンジローマに関する感染実験がまとめてあります。
(また、単純ヘルペス・帯状疱疹・水イボに関する感染実験の記載もあります)
20報近い感染実験の結果『乳頭腫・パピローマ』は感染性の病気であることが確立したわけです。
『乳頭腫・パピローマ』の原因となる・媒介する感染性病原体は濾過性だ
尋常性疣贅やコンジローマをいくら光学顕微鏡で観察しても、病原体は観察されません。HPVは光学顕微鏡で観察できるような大きさでないから当然です。
また、上に説明した感染実験のいくつかでは、元のイボからの抽出液を濾過することによっても感染性が失われないことが示されており、乳頭腫・パピローマは濾過性の病原体で媒介されていることが確認されています。
まとめ
病気と感染性病原体の因果関係を扱う上で『濾過性の病原体』としてウイルスは定義されました。
(A)病気の存在
2000年以上前より記載があり認知されていた。
(B) 感染性がある
感染実験で感染性疾患であることが示された。
(C)濾過できず・増やすことができない
濾過しても感染性が失われないことで示された。
以上より、その正体は不明ながらも、感染性疾患を媒介する濾過性病原体としてウイルスがそんざいすることが証明されました。パピローマを起こすからパピローマウイルスなのです。パピローマを起こす濾過性病原体としてHPVは定義され、その存在があること自体はここに証明されました。
そのウイルスの定義からわかるように、ウイルス粒子の単離も分離も、PCRでの確認や遺伝子配列を知る必要ありません。そのような病気があって、濾過性の病原体がいること、それだけで十分です。
次は、パピローマウイルスがどのようなウイルスであるのかの同定の過程を順番に説明していくことになります。
一つわかって、それをもとに次の一つがわかる。その積み重ねの結果、HPV感染が子宮頸がんを起こしていることがわかったのですね🐰
その第一歩目、パピローマを起こす濾過性病原体としてウイルスが定義されたところが今日の話で、これ以降このような性質をもつウイルスをHPV (Human Papillomavirus)と呼ぶことになったわけです。
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